ストリート界を席巻した男が経験した「3×3日本代表」 [3×3]

CHIHIRO <前編> 3×3日本代表/平塚Connections

「3×3はまだ正解がない。もっと突き詰めていきたい」

3対3の新競技「3×3(スリーバイスリー)の記念すべき初代日本代表に選出されたCHIHIRO(平塚Connections)は、3対3、ひいてはストリートバスケへの誇りを持った選手だ。2回にわたってお届けする特集。前編は3×3の日本代表として過ごした日々を紹介する。

文・写真/青木美帆

ストリート界を席巻した男が経験した3×3日本代表
「3×3はまだ正解がない。
もっと突き詰めていきたい」

CHIHIRO(3×3日本代表/平塚Connections)

3対3の新競技「3×3(スリーバイスリー)の記念すべき初代日本代表選手に選出されたCHIHIRO(平塚Connections)は、3対3、ひいてはストリートバスケへの誇りを持った選手だ。2回にわたってお届けする特集。前編となる今回は、3×3の日本代表選手として過ごした彼の日々を紹介する。(取材日2103年8月28日)

 1990年代、テレビや世間一般を巻き込んだストリートバスケの一大ブームがあった。テレビ局などの大口スポンサーが大挙し、優勝チームには高額の賞金や賞品が与えられた時代だ。

 残念ながらその熱の大半は引き波のように去ってしまったが、火種は消えなかった。

 2000年代に入っても、次々とストリートバスケのリーグやイベントが誕生した。3対3の様相を呈しつつも、個人ポイントで順位を争う「LEGEND(レジェンド)」、その次世代型として誕生した「HOOPERS(フーパーズ)」。チームで参加し、リーグ戦形式でシーズンを戦う「SOMECITY(サムシティ)」。5対5トーナメントの「ALLDAY(オールデイ)」、テクニカルなプレーでショーアップされた「AND1 MIX TAPE TOUR(アンドワンミックステープツアー)」、音楽シーンを巻き込んで巨大化した大阪の「バスケ祭」――。屋外、屋内、3対3、5対5。条件は少しずつ異なってはいるが、これらのイベントは一般的に「ストリートバスケット」にカテゴライズされ、その熱は沸々とボルテージを上げつつ固定ファンを確実に増やしている。

 さらに2012年、FIBA(国際バスケットボール連盟)主導で新しいバスケットボール競技が誕生した。その名は3×3。3対3バスケットボールの正式競技として、2016年以降のオリンピック競技を目指すこの競技。今年5月には初のアジア選手権「第1回FIBAアジア3×3男子選手権」が開催された。

 その記念すべき初代日本代表に選出されたのは以下の4選手だった。

青木康平(ライジング福岡:bjリーグ)
長谷川聖(大塚商会アルファーズ:NBDL)
長谷川武(大塚商会アルファーズ:NBDL)
池田千尋(平塚Connections:SOMECITY)

 bjリーグから1人、NBDLから2人。そしてストリート界を代表して招集されたのが「CHIHIRO」こと池田千尋だった。来ると分かっていても止められないドライブを武器に、各ストリートリーグ、イベントのタイトルを総ナメにし、今年はとうとう日本協会が推薦する日本代表選手にまで成り上がった。

 5対5を本職とする他の3選手と異なり、CHIHIROは3対3での戦いをライフワークとしているプレーヤー。いわばストリート界を代表しての日本代表だ。どのような思いを持って初代代表の座を射止めたのか。そして生まれたばかりの競技を戦う中で、一体、何を感じたのだろうか――。
 
 
◆次ページから2ページにわたり、CHIHIRO選手のインタビューを掲載
 
 
第1回FIBAアジア 3×3男子選手権 試合結果

■予選ラウンド グループ D
【GAME1】日本 ○ 20-15 ● ホンコン・チャイナ
【GAME2】日本 ● 18-22 ○ カタールG
【GAME3】日本 ● 12-14 ○ ヨルダン

■予選ラウンド グループ D順位
1位 ヨルダン(2勝1敗) ※決勝トーナメント進出
2位 カタールG(2勝1敗) ※決勝トーナメント進出
3位 日本(1勝2敗)
4位 ホンコン・チャイナ(1勝2敗)
※日本は1勝2敗で予選リーグ敗退
 
 

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