bjリーグ2011-2012開幕 [bj]

志村雄彦・日下 光仙台89ERS

チームの復活と東北復興への思いを語る仙台のチームリーダー

10月29日、ホームで待望の開幕戦を迎えた仙台89ERS。震災後、活動停止を余儀なくされ、レンタル移籍でバラバラになったチームメイトが全員戻ってきた。リーダーである志村雄彦と日下光が、地元仙台への思いとチームの未来を語る。また復興に向けた仙台の今をレポート。

文・写真/小永吉陽子

全国からの支えによって実現したホームコートでのティップオフ

「ただいまー!」というキャプテンの第一声に仙台市体育館が揺れた。

「仙台89ERSへ帰ってきました。黄色いブースターの皆さんの前に立つまでには全国から多くの支援があり、ここに立つことができました。本当にありがとうございました。地震以後、僕らの故郷仙台は、明日の見えない、期待できないそんな時期を過ごしました。しかし今日、仙台89ERSがここに復活します!今日からは明るい夢を見ましょう。優勝という夢をみんなで見ましょう!」

 10月29日、キャプテン志村雄彦の響き渡る声によって、仙台市体育館が大きな大きな拍手に包まれた。3月11日の震災から約7ヶ月。ホームゲームとしては244日ぶりに89ERSが仙台に帰ってきたのだ。チームにとって、5,064人で埋め尽くされたブースターにとって、キャプテンが発した魂の言葉は待ち望んだティップオフの合図だった。

国内外の大会で名勝負を繰り広げてきた仙台市体育館

 この日はチームのみならず、仙台市体育館にとっても、バスットボールゲームを行う復活の日だった。

 国際大会では過去に2回の女子アジア選手権(1994年、2004年)に世界選手権(2006年)を開催して名勝負を繰り広げてきた。国内大会では1990年のインターハイ、2001年の国民体育大会などを筆頭に、学生選抜大会や県内の試合を数多く開催。交通のアクセスの良さと緑豊かな自然に囲まれた好立地が人を呼び、国内外のビッグイベントに使用されてきたアリーナが、「改修工事を終えて以前よりも頑丈になって」(中村代表)帰ってきたのだ。ホーム初日は5,064人。2日目は3,381人。昨年度の平均2,106人を大きく上回る観客が仙台市体育館に足を運んだ。
 
 
 
 3月11日、東日本を襲った未曾有の大震災の被害は、仙台を拠点とする89ERSを活動休止へと追い込んだ。県内体育館の多くが破損してしまったり、避難所となったために使用できなくなった物理的な問題。スポンサー支援が難しくなった金銭面の問題。そして、当面は生活基盤を整えるためにバスケットボールどころではなくなった日々。様々な面で問題を抱えてチームは活動休止を余儀なくされた。その後、リーグが定めた救済制度により、選手たちはレンタル移籍をして活動を再開。震災直後はチーム運営の見通しがまったくつかない状態だったが、支援者たちやブースターたちの「仙台に灯ったバスケットボールの火を消してはいけない」――との思いは大きく、復興への道のりは、思いの強さとともに速度を増して進んでいった。

 ヘッドコーチと契約選手については白紙ながら、金銭面にメドがついたことで今シーズンの参入が決定したのが5月26日。2万人を超えるブースターの署名活動から始まり、スタッフの営業努力と熱意により、地元に活力を与える89ERSの理念に賛同したスポンサーの数は、社数的にも金額的にも昨年度より増えたという。さらに来年度には、現在、練習場のひとつとして使用しているHALEOドーム(ハレオドーム=仙台市太白区にある全天候型バスケット専用コート)の横に待望のアリーナが建設されることが決定した。HALEOドームがオープンしたのも今年の6月のこと。今、ものすごい勢いで仙台の街が変貌、進化を遂げている。その期待が、ホーム開幕日に埋め尽くされた5,064という観客数に現れたのだ。

スローガンは「Go for it together~ともに前へ~」

「皆さんの支援のおかげで開幕することができた」とブースターに挨拶する中村代表

 支援者が増えたとはいっても、チーム再建のために膨大な費用を借り入れしているために、経営努力を続けていくことに変わりはない。いちばん大きなコストカットとなったのは「去年の3人分で4人の外国人選手を雇っている」(中村代表)という人件費だ。それでも、昨シーズン、泣く泣く手放した日本人選手たちを「罪滅ぼしじゃないけど、絶対に仙台に戻ってきてもらうつもりで交渉し続けた」という中村代表の熱意は選手全員に伝わり、そうした中でホームでティップオフの日を迎えることができたのだ。

 中村代表の根底にあるのは「僕らが仙台の市街地を活性化しないと、東北の沿岸部にまで支援が行き届かない。スポンサーやブースター自身も被災している方がいるのだから、僕たちから仙台を、東北を元気にしていきたい」という思いに尽きる。

 ハーフタイムには、ブースターたちが待ちに待った 「ジンギンカン」 タイムがやってきた。チームロゴが入った黄色いタオルマフラーを手に、ジンギスカンのメロディーに合わせて踊る“仙台名物”。館内はイエロー一色に染まったが、ここで不思議な現象が起きた。対戦相手、秋田のブースターを巻き込んでいたにもかかわらず、観客の弾けっぷりがおとなしめだったのだ。この様子を見て、創設以来、チーム広報を務める川村亜紀さんが何ともいえない笑顔を見せた。

「今日来た人の中には、はじめてバスケの試合を見に来た人が多かったみたいです。震災があって、バスケやスポーツから元気をもらいたい人がたくさんいるということですよね。そういう人が今日はじめて、戸惑いながらもジンギスカンを踊ってくれたのはとてもうれしいこと。はじめて見に来た人たちが、またここで踊りたいと思ってくれる試合をしなくてはなりませんね」

イエローで染まった観客が「ジンギスカン」を踊る日が来た

 目にうっすらと光るものが見えた川村広報は、キャプテン志村雄彦と中学時代をともに過ごした同級生だ。チーム代表を務める中村彰久も春の高校選抜(現ウインターカップ)でベスト4に輝いたことがある仙台二高バスケットボール部出身。志村雄彦と日下光は、いわずと知れた仙台市民としてチームの顔となる存在である。これまでもスタッフや選手に県内や東北出身の選手が多く在籍していた89ERS。そして、仙台に在籍してこの街を愛した選手たち――。震災後も愛すべき仙台の地で、さらなるレベルアップを目指したいと戻ってきた5人の日本人選手を中心に、「ともに前へ」のスローガンのもと、今シーズンを進んでいく。

 なお、宮城県からは、現在は仙台市体育館のほか、これまで89ERSが試合で利用していたグランディ21(セキスイハイムスーパーアリーナ)をはじめとする県内主要体育館が安全に利用(一部改修工事中あり)できるようになったとのうれしいニュースが届いている。
 
 

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