大学界を沸かせたトヨタのルーキートリオ対談 [NBL]

田中大貴・張本天傑・宇都直輝トヨタ自動車アルバルク東京

「僕たちでバスケを盛り上げたい。週末は会場で待ってます!」

今シーズンからNBLが導入したアーリーエントリー制度により、田中大貴(東海大)、張本天傑(青山学院大)、宇都直輝(専修大)の3選手が早々とトヨタ東京のユニフォームを着ることになった。3人ともに昨年までの大学界をリードしてきた存在。今後の活躍に大きな期待が寄せられる3選手に、新しい舞台に立つ意気込みを聞いた。

インタビュー・文/松原貴実  写真/小永吉陽子、一柳英男

左から宇都直輝(専修大)、田中大貴(東海大)、張本天傑(青山学院大)

大学界を沸かせたトヨタのルーキートリオ対談

「僕たちでバスケを盛り上げたい。
週末はトヨタの会場で待ってます!」

田中大貴・張本天傑・宇都直輝
(トヨタ自動車アルバルク東京/アーリーエントリー)

今シーズンからNBLが導入したアーリーエントリー制度(チームと契約合意した新卒選手が2月1日から公式戦に出場することを認める制度)により、田中大貴(東海大)、張本天傑(青山学院大)、宇都直輝(専修大)の3選手が早々とトヨタ自動車アルバルク東京のユニフォームを着ることになった。

一足早くチームに合流していた宇都は2月1日にデビュー。この座談会時点でまだ練習参加3日目と日が浅かった田中と張本も8日、9日にそれぞれデビューを果たした。宇都は2日の熊本ヴォルターズ戦で7分50秒出場して6得点1アシストをマーク、9日の三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋戦がデビューとなった張本はコートに出るや否や初ゴールを決め、16日のつくばロボッツ戦では田中が豪快なダンクを披露した。

3人ともに昨年までの大学界をリードしてきた存在。今後の活躍に大きな期待が寄せられる3人に新しい舞台に立つ意気込みを聞いた。(取材日/2月6日)
 
 

大学界を沸かせた3人の素顔

「ここに入ったらもっとうまくなれるんじゃないかなあと思えた](張本天傑)

張本天傑(はりもと・てんけつ)/197㎝/PF/1992年1月8日生まれ/中部大第一高→青山学院大/豪快なリバウンドと走力でチームに活力を与える。膝の大ケガを乗り越えて最後のインカレに臨んだガッツあるプレーヤー。2011年ユニバーシアード代表。3年時に関東トーナメントと関東リーグで優秀選手賞

――まずはそれぞれトヨタに入ってプレーすることになった経緯を聞かせてください。

宇都 僕は大学1年のときからトヨタの練習に何回か参加させてもらっていて、そのときアシスタントコーチの伊藤(拓摩)さんが熱心に指導してくださったこともあり、話をもらったときは迷わず入ることを決めました。

田中 自分はいくつかのチームから誘ってもらったんですが、その中で一番熱心に声をかけてくれたのがトヨタでした。レベルの高いバスケットをしているチームだし、バスケットをやる環境を見ても一番いいんじゃないかと思って。

張本 自分も大貴と同じで、いくつかのチームから声をかけてもらったんですが、(トヨタは)青学でやってきたバスケットと似ている部分があるし、ここに入ったらもっとうまくなれるんじゃないかなあと思えたことが決め手になりました。尞もあるし、環境も整ってるなと感じたし。

宇都 (トヨタ入りを)決めたのは僕が一番早かったよね。しばらくしてから大貴も入るらしいという噂が流れてきた(笑)

張本 直輝、大貴の順に決まって自分が最後でした。僕は直輝とは高校(中部第一高)3年間一緒にやって来た仲だし、大貴とも同じチームでやりたいなあという気持ちもあったんですが、最後まで結構迷ってて。そのころ、ほぼトヨタに決まっていた大貴と何回か飯に行って、「一緒にやろうよ」という話もして、気持ちが固まっていった感じです。

田中 でも、今(トヨタに)入ってみて思うのは、2人がいてくれてほんとによかったということ。これがもし自分1人だったら結構キツイなあと思います。

張本 それは自分も同じ。

宇都 一足先に入ってた僕からしたら、2人が来てそりぁもうすごく心強い!(笑)

――3人とも大学ではトッププレーヤーと言われる存在でしたが、それぞれどんな印象を持っていましたか?

張本 さっき言ったように僕は高校で直輝と一緒にプレーしてましたが、当時から得点力では全国のトップクラスだったし、本当にバスケがうまいヤツでした。専修大に行ったのは正解だったと思います。青学とか東海みたいにチームシステムで戦うチームより、専修みたいな自由にやらせてくれるチームの方が直輝の性格に合っていたと思う。大学ではリーグ得点王とかなっても、直輝ならあたりまえかなって気がしてました。

宇都 僕も高校時代から天傑を見てるから、大学4年間ですごく成長したなあと思います。うち(専修大)も優勝を目指していなかったわけじゃないですけど、弱くて優勝に絡めなかったから、青学の優勝がかかってる試合はいつも天傑を応援してました。

田中 天傑は存在感がありましたね。3年のときの春(関東大学選手権)も4年のときの春も決勝で青学のゾーンにやられたんですけど、とにかく天傑がデカくてやっかいでした。青学に入ってむちゃくちゃ成長したと思います。宇都は高校のときからすでに得点力のある選手として話題になってたし、全国の結果とか見ると常に名前があってすごいなあと思っていました。専修とやるときはとにかく宇都を抑えなきゃならないんですが、マッチアップすると自分が疲れるのでいやでしたね。付きたくなかったです(笑)

宇都 大貴は試合中にいつも「おまえ動きすぎ!」とか言うんですよ(笑)。逆に僕にしてみれば大貴に付かれるのはすごくいやでした。身長は実際あんまり変わんない(田中191cm、宇都189cm)んですけど、プレーするとやたら大きく感じるんですよね。オーラがヤバいですよ。だから(ディフェンスを)抜けない。ある程度の相手なら(自分が)ケガしていても全然いける感じなんですが、大貴は無理。なにをやってもなんていうか一級品っていうか一流品っていうか、ドリブル1つにだけでもセンスを感じます。自分より1つ、2つ、3つぐらいかなぁ、それぐらいプレーの質が上だと思ってます。

張本 大貴は高校(長崎西高)自体はそれほど知られてなかったけど、大貴がスゴイっていうのはもう有名でした。高校のときから選抜の合宿とかで一緒になったけど、やっぱり一流品だった(笑)。それが大学4年間でもっとすごくなった感じです。

「ケガをしたことでわかったこともある」という張本。完全復帰して走力あるプレーが期待されている

――と、互いの成長を感じているようですが、自分自身としてはどうですか? 4年間で思い出に残った試合、成長できたと思う点などについて教えてください。

宇都 僕は思い出に残った試合というより、2年のときは入替戦とか、3年のときはリーグ戦3位になって優秀選手賞と得点王を受賞したとか、学年ごとにポイント、ポイントで思い出があるんですが、自分自身が一番変わったのは3年から4年にかけてかな。先輩たちが卒業して、自分が最上級生になったとき、これまでと同じことをやっていてはいけないなあと思って。たとえばそれまでは自分がめちゃキレてテクニカルを取られるとか、相手が弱いとまじめにやらないとか、そういうところがあったんですが、4年がそんなことをしてたらチームが終わっちゃうと考えたら意識が大きく変わりました。最後の1年は精神的に少しは成長できたと思います。

張本 僕は3年のときのインカレ決勝戦が忘れられません。東海に負けて悔しかったのもあるけど、それより先輩たちに申しわけない気持ちがいっぱいで号泣しました。それまで2年だったら辻(直人、現東芝)さんとか、3年だったら比江島(慎、現アイシン)とか力のある先輩がいて、それに頼ってる部分があったので、4年になったときは自分たちがやらなきゃいけないという気持ちが強かったんですが、足のケガでリーグ戦も出られず、すごくつらかった。でも、今思うと、あのケガのおかげで人間として成長できたかなという気もします。あのときのつらさを乗り越えたことでケガの前より自分が強くなれたように思います。

田中 自分も4年間で一番印象に残っているのは3年のときのインカレ決勝です。前の年の決勝で青学に負けて悔しい思いをしたから、それからの1年は本当に頑張りました。それだけにあの優勝はうれしかったです。1、2年のときに比べても精神面では確実に成長できたと思っています。
 
 

1 / 3123