2011 インカレ [大学]

平尾充庸天理大4年

3位に導いた天理のエース。「最後は自分が決めてやる!」

関西に平尾充庸あり──。今年の李相佰杯に関西からただ一人選出された平尾。下級生時から注目されていた関西の顔が、インカレで持ち前の勝負強さを存分に発揮した。筑波、大東文化、拓殖と関東勢をなぎ倒して3位になり、得点王も獲得。強烈なインパクトを残したMIPにインタビューした。

文/松原貴実  写真/加藤誠夫 Text/Takami Matsubara Photo/Yoshio Kato

常に声を出し、イキイキと果敢に攻め続けた姿は見る者を魅了した(写真/一柳英男)

「自分は強い相手と戦う方が燃えるんです」「負けが悔しくて泣くことはあまりありません。泣く時は勝った時、インカレでは2回号泣しました」――

目の前の平尾が笑顔で答える。コートの中でも同じ笑顔で、いきいきとチームを牽引。関東の強豪校を次々に撃破すると天理大を初の3位入賞に導いた。関西チームの意地と底力を見せつけた今大会。その立役者となった平尾の気迫あふれるプレイはまさしく『インカレの顔』と呼ぶにふさわしいものだったと言えるだろう。


ビックリしたけど、うれしかったMIP受賞。「自分でええの?(笑)」         

――まずは3位入賞おめでとうございます。加えて優秀選手賞、得点王、MIP賞のトリプル受賞。最高のインカレになりましたね。

はい、最高のインカレでした。最後の大会でメダルを取れたことで、自分たちがこれまでやってきたことが間違いではなかったことを実感することができたし、周りにもそれを証明することができたし…。でも、正直に言うと、いちばんうれしかったのはMIPです。名前を呼ばれたときは本当にびっくりして、えっ自分? 自分でええの? って思って(笑)

――MIP賞というのはその大会でもっとも印象に残った選手を観客の投票で決めるものですからね。言うなればその大会で1番愛された選手ということでしょう。

うわっ、やっぱり自分でええんですかね?(笑)バスケットを始めて16年になるんですけど、今までで1番うれしかった賞というか、1番びっくりした賞でした。

――バスケット歴16年ということは、小学1年生から始めたということですか?

はい、正確には小学校に入学する少し前からですけど。自分には3つずつ歳が違うお兄ちゃんが2人いてて、2人ともミニバスケットをしてたのでそれが始めるきっかけです。自分はほんとはサッカーをやりたかったんですが、親が(練習や試合に)別々には行けないからバスケットにしときなさいって言うから、最初はいやいやっていうか渋々体育館に行ってたんですよ。

――それが、いやいやでなくなったのは?

やってるうちに徐々に徐々に楽しくなってきて、小学4年の時と5年の時に全国大会にも出られたし。でも、自分がキャプテンやった6年生の時だけ全国(大会)に行けなくて、それがものすごくショックで、もうバスケットをやめようと思ったんです。中学に入ったらバレーとか野球とかほかのスポーツをやろうと思っていろいろ考えてたんですが、お母さんに相談したらバスケットでええやんと言われて(笑)でも、続けてよかったです。中学では3年の時にジュニアオールスターに選ばれて、チームも全中(全国中学生大会)に出場できました。予選で負けちゃったんですけど、3Pランキングと得点ランキングで2位に入ることができて自信にもつながりました。

筑波大戦で26点、大東文化大戦で23点、青山学院大戦で30点、拓殖大戦で20点をゲットし、強烈なインパクトを残した

――そのころはもうバスケット一筋ですね。

はい、自分は徳島出身ですが、高校は地元の徳島商業に進んでバスケットを続けたいと思ってました。そしたら、ある日明徳義塾(高知)の監督さんとか部長さんが家にいらして「全国に行くにはまず四国で勝たなくてはならない」と言われ、ちょうど1つ上にサンバがいたし、「一緒に全国を目指そう」という話に心が動きました。お母さんは県外に行くのは反対で泣いていましたが、自分はその場で決心しました。後悔したくなかったし、(その話を断ることで)お母さんにも後悔させたくなかったし。自分で決めたことなら(結果がどうあれ)納得できますよね。だからその時の決断に迷いはなかったです。

――高校3年間は寮生活だっんですか?

そうです。明徳義塾の寮はインターネットとかで見てもらえばわかると思いますが、山を切り崩した所に建っていて、一見、刑務所みたいなんですよ(笑)入口に守衛さんというか、門番みたいな人が立ってるのも刑務所みたいで(笑)。でも、この寮生活は自分にとって本当に良かったと思います。どんなに疲れていても掃除や洗濯は全部自分でやらなくてはいけないし、そういうことで親にとか、周りの人にとかに感謝を覚えました。

バスケットに関しても高校1年の時から自分の『バスケットノート』を作って、毎日欠かさず書いていました。最初は練習内容とかちょっとした感想文みたいな感じだったんですが、だんだん悩みとか反省とか課題とか書くようになって、書くことで整理されるっていうか、読み返すことで次に進める部分もあったりして。

――そのバスケットノートは今も書き続けているのですか?

はい、続けています。自分は悩みなんかをあまり人に言えないタイプなんで、自分の中で考えて、考えて消化するというか。そういうことをノートにも書くし、前の日記を読み返したりもします。読み返すと、意外と前も同じことで悩んでたりするんですよ(笑)形は違うけど、あれ、前もこんなことで悩んでたんだと思うと、ちょっと笑えたり(笑)でも、その時、その時は真剣ですから(そのノートは)自分の成長の記録でもあるし、宝物だと思っています。

――コートの上で人一倍楽しそうにプレイする平尾選手と1人で思い悩む平尾選手がなかなか一致しません(笑)

そうですか(笑)大学に入っても悩んだことはいっぱいあるんですが。1年の時からちょこちょこ使ってもらってはいたんですが、なかなか貢献できなかったし、試合にも勝てなかったし。吹っ切れたのは2年生の時かな。コートの中でも外でも誰より大きな声を出していこうと、まずは自分ができることからやろうと決めたことで迷いがなくなりました。でも、去年のインカレは(上位を)狙っていたので1回戦で関東学院に負けた時はやっぱりショックでした。新チームになっても(大黒柱の)サンバが抜けた穴をどう埋めよう、どう戦おうと悩みましたね。本当に4年生で何度も話し合ったし、先生にも相談したし、ぶつかり合ったし、試行錯誤しながらチームを作ってきました。
苦しいことも多かったけど、同期の仲間に恵まれて、乗り越えてこられた                

目標はベスト4でも、先を見ずに目の前の試合に集中した。ベスト4入りを決めた時は号泣した(写真/小永吉陽子)

――秋のリーグ戦ではケガによる欠場も多かったと聞きますが。

 腰と膝を痛めていて、特に腰は痛みがひどくて立てないし、歩けないような状態でした。あちこち病院も回ったし、痛み止めを飲んで試合に出たりしてましたが、結局2位に終わって。そこからベスト4を目標にしてインカレに臨んだんですが、目標はベスト4でも先を見すぎないでとにかく目の前の試合に集中していこうと決めていました。

2戦目で筑波大と当たった時も先のことはまったく考えていませんでした。とにかくその試合に勝つことしか頭になかったですね。田渡(修人・筑波大4年)とは李相伯杯で一緒だったんですが、自分は控えだったし、その分も負けられないというか、やっぱり田渡に対するこだわりはありました。腰はまだ痛み止めを飲んでいる状態ですが、もうそんなことは関係ない、足が潰れてもいいから思い切っていこうと、そういう気持ちでした。

――ベスト4を賭けた大東文化大戦も激戦でした(63-62)。残り6秒の逆転シュートは見事でしたね。

最後は絶対自分が決めてやると思ってました。自分で負けるのならしょうがねぇみたいな(笑)。実は中学の時もまったく同じシチュエーションの試合があって、自分の逆転シュートで勝ったんですが、あの時(大東文化大戦)打った瞬間、その試合が走馬灯のように甦って「絶対入る!」と思いました。勝った瞬間は号泣してよく覚えていませんが(笑)

ポイントゲッターであり、司令塔でもある平尾。オールジャパンでもそのパフォーマンスに期待したい

――準決勝では青山学院大に敗れましたが、3位決定戦では拓殖大を破って銅メダル。あらためて大会を振り返っての感想を聞かせてください。

自分たちは関東リーグの5位、4位、3位のチームと戦って勝ったわけですが、1位の青学はやはり格別の強さでした。止めたと思ってもその上を来る、状況に応じての対応が正確で素早い、鍛えられてるなぁと感じました。東海大との決勝戦も内容的にどちらが勝ってもおかしくないゲームで見ごたえがありましたね。メンタル面の強さが勉強にもなりました。

このインカレというか、この1年を振り返ると苦しいことも多かったけど、キャプテンの濱田(佳祐)を始め、大谷(拓也)、清水(陽平)と同期の仲間に恵まれて乗り越えてこられたと思います。本当に感謝しています。自分たちはこれで卒業ですが下級生たちにはよく言うんですよ。「2年は2年、3年は3年、その年は今しかないから悔いがないように頑張れ。ミスを恐れて逃げるな。常に攻めることを忘れるな」これ、全部自分にも言い聞かせていることなんですけど(笑)

――そして、次はオールジャパンですね。

インカレではたくさんのバスケットファンの人から「サインしてください」とか「これからも頑張ってください」と言われ、ものすごくうれしかったし、励みになりました。オールジャパンではJBLと対戦してみたいですね。正直、勝てる可能性は高くないと思いますが、それでも自分たちがどのくらい通用するか試してみたい気持ちはあります。これが本当に学生最後の大会になるので持てる力を出し切って、また観ている人に何かを感じてもらえるようなプレイを目指し頑張りたいと思います。
平尾充庸 Atsunobu ,  HIRAO
天理大4年/178㎝/PG/徳島県出身/徳島南部中→明徳義塾高/司令塔として、ポイントゲッターとして、チームを掌握。アグレッシブなドライブや滞空時間の長いジャンプシュートなど、身体能力の高さを生かした1対1が武器。ミニバス、中学、高校と全国大会の舞台を経験し、大学4年時には日本学生選抜として李相佰杯に出場した。