ロングインタビュー [NBL]

木下博之和歌山トライアンズ

「PGは性格が重要。『心技体』で言えば『心』の部分ですね」

今季、新規加入した和歌山トライアンズが勢いを見せている。その和歌山トライアンズを束ねるのはベテランPG木下博之。休部したパナソニックから心機一転、籍を移した和歌山でも変わらぬ存在感でチームを牽引する。常に熱くチームを鼓舞し続ける34歳に新チームに懸ける思いと追い求めるPG像を聞いた。

インタビュー・文/松原貴実  写真/小永吉陽子 一柳英男

NBLプレーヤー ロングインタビュー

木下博之 (和歌山トライアンズ)

「ポイントガードは性格が重要。
『心技体』で言えば『心』の部分ですね」
 
今季NBLに新規加入した和歌山トライアンズが2月22日、早々とプレーオフ進出を決めた。
現在ウエスタンカンファレンスでは1位のアイシンシ三河(以下アイシン)に次いで2位。
しかもゲーム差はわずか1(3月23日現在)で、今後の戦い方いかんによって
1位に躍り出る可能性も十分残されている。
その和歌山トライアンズを束ねるのはベテランPG(ポイントガード)木下博之。
休部したパナソニックから心機一転、
籍を移した和歌山でも変わらぬ存在感でチームを牽引する。
発足から7ヵ月、常に熱くチームを鼓舞し続ける34歳に新チームに懸ける思いを聞いた。
そこから見えてきた彼が追い求めるPG像とは。
 
 

■パナソニックから和歌山への移籍

「和歌山にチームができると聞いたとき、
もうすぐにこのチームに行こうと心を決めました」

1980年2月18日生まれ/34歳/178㎝/PG/和歌山トライアンズ#1/豊富な運動量と得点力を生かした司令塔として、新生・和歌山トライアンズを牽引する

――和歌山トライアンズでのお話を伺う前にまずパナソニックトライアンズから移籍した経緯をお聞きしたいと思います。休部の話は晴天の霹靂だったのでしょうか?

会社(パナソニック)の業績が良くないという話は聞いていましたが、企業スポーツの任命式というのがあって、そこで(会社の)上の人が「業績が悪くなっても企業スポーツは潰れることはない」とはっきりおっしゃっていたので心配はしていませんでした。チームがなくなるなんてまっく考えてもいませんでした。

――では、『休部』という話を初めて耳にしたのは?

9月半ばに栃木(リンク栃木)とプレシーズンマッチをするために和歌山に行っていたんですが、朝6時くらいに妻から電話があり「新聞にバスケット部が休部するニュースが出てる」と聞かされました。そのあと7時に全員に集合がかかってミーティングルームで「こんな記事が出ている」という話を聞きました。ショックでしたが、そのときはまだ「ほんまかなぁ」と半信半疑な部分もありましたね。

――それが現実だとわかったときの気持ちは?

僕は嘱託社員という契約だったので、バスケット部がなくなったら会社も辞めなくてはならないわけです。教員免許を持っていて、もともと指導者になりたいという思いもあったのでこれを機にそちらの道に進むことも考えました。けど、その一方で自分はまだプレーできるという自信もあったし、プレーを続けたいという気持ちもありました。となると、どこかに移籍するしかないわけで、家族もいるし、ほんと、いろいろ、めっちゃ考えましたね。そしたら、妻が「今(プレーを)辞めるのはもったいないよ。自分がやりたいようにやればいいよ」と言ってくれて、移籍してプレーを続けようという気持ちが固まりました。

――そのあと和歌山トライアンズの話が浮上してきた?

そうですね。さっき言ったプレシーズンマッチをやったのがノーリツ鋼機さんの体育館(現在のノーリツアリーナ和歌山)だったんですが、そこでうちの試合を見たノーリツ鋼機の社長さん(西本博嗣氏)が「こんないいチームを潰すのはもったいない」と、地域の人と協力してトライアンズを継承するチームに協力いただけることになったんです。そのチームの代表になった古川社長からその話を聞いたとき、もうすぐにこのチームに行こうと思いました。もし他のチームから誘いがあったとしても、それがどんないい条件であっても、自分は和歌山に行こうと心に決めました。

――年が明けてのオールジャパン(全日本総合選手権、天皇杯)では見事優勝に輝き、有終の美を飾ったわけですが、やはりチームの中には「これが最後だ」という思いがあったのですか?

僕が思うに優勝できた要因は大きく2つあって、1つはリーグ戦後半からチームが上がり調子になっていたこと。それまで主力ガードはナベ(渡邉裕規、現リンク栃木)がやっていて僕はあんまりゲームに出ていなかったんですけど、ナベは若いし勢いがあるから、いいときはいいんですが、歯車が噛み合わなくなるとチームがぎくしゃくしてきちゃうんですね。それはナベの力がどうこうというのではなく、チームに入ってからの時間が短いんだから仕方ないことです。で、そこでまた僕が使われるようになって、それでチームのリズムが変わったんですね。

僕はずっとメンバーを見てきて、広瀬(健太、現日立東京、以下日立)や大西(崇範、現東芝神奈川、以下東芝)をどう生かすかというのを自分の課題にしてやってきたから、ナベのときよりこの2人が生きてきたというか、スタイルが変わったことでチーム全体の調子が上がってきて、その状態でオールジャパンを迎えることができたんです。

それともう一つはやはりみんなの気持ちですね。コートの中にいてもみんなの目が違うのをものすごく感じました。やってやろう! みたいなエネルギーがどんどん伝染していって、それがトーナメントの最初から最後まで途切れることがなかったんです。あそこまで信頼しあってプレーできたのは初めてだったし、どの試合も「これは勝てる」と思いました。戦っていて、ものすごくわくわくしました。

――そこまでお互いを信頼できるチームがなくなるというのは、相当さみしい思いもあったのではないですか?

それはもちろんそうです、でも、多くのメンバーが和歌山に移籍しましたし、今のチームの雰囲気もすごくいいです。新しく入ってきたタク(川村卓也)や内海(慎吾)もそれは感じてくれていると思います。
 
 
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