アメリカ留学 [大学]

早川ジミーアリゾナ・ウェスタン大

アメリカではうまくいってないことが、逆にいい刺激になっている

日本ではインカレが熱狂のうちに終了したが、海を渡ったアメリカでは、慣れない環境面に苦労しながらも、歩みを止めない同世代がいる。早川ジミー、アメリカ生活3年目。スラムダンク奨学金2期生として海を渡った「ジミーの今」を追った。

文・写真/宮地陽子 Text & Photo / Yoko Miyaji 

アメリカ生活3年目の早川ジミー(左)と谷口大智

早川ジミーにとって、アメリカでの3シーズン目が始まった。スラムダンク奨学生としてプレップスクールのサウスケント・スクールで14ヶ月を過ごし、去年秋からはアリゾナ州ユマにあるNJCAA(2年生短大)のディビジョンIチーム、アリゾナ・ウェスタン大に在籍。昨シーズンは32試合全試合に出場し、全米大会まであと一歩のところまで行ったものの、惜しくも地区大会決勝で敗退した。

 今季はチーム・キャプテンの一人。開幕当初はパワーとリバウンド力を見込まれてパワーフォワードのポジションで先発していたが、ウィングのポジション(2番、3番)をやりたいという本人の希望や、チームメイトの故障もあり、現在はシューティングガード/スモールフォワードの控えとして試合に出ている。

 今季はアリゾナ・ウェスタンでの最後のシーズンでもある。来年秋以降の進路やアメリカでのバスケットボールについて、さらには夏に高校(福岡第一高)の先輩でもあり、スラムダンク奨学金1期生でもある並里成(現琉球ゴールデンキングス)と二人で日本全国を回ってバスケットボールをした話、そして日本代表に対する考えについてなど、たっぷりと聞いてみた。


日本の同世代だったら、比江島慎以外は勝てる自信あり                  

明るく気さくな性格は今も変わらず

──昨シーズンよりもさらに身体が大きくなったように見えますね。

(大きく)なりましたね、絶対(笑)

──それぐらい大きくしたほうがプレイしやすい?

そうですね。自分の優位なところは(身体のサイズがある割に)動きもそれほど遅くないところ。(ガードのポジションでは)だいたい相手は自分より小さいし、ドライブをしたときには身体を入れたら自分でコースが作れて、フィニッシュも強くできる。そういった面では今は自分の身体をうまく生かせているかなって思います。

──ウェイトは毎日やっているのですか?

最近はケガ続き(*1)で、ずっとできなかったんですよね。でも夏にはやっていました。(並里)成さんといっしょにトレーニングをして、やったことがないようなトレーニングで軽く追い込まれました(笑)。

(夏の帰国中に)成さんから「ジミー、今、日本にいるんでしょ」ってメールが来て、2人でまず日大に行ってバスケして、その後、明治に行ったりもしました。その後、福岡に行こうっていうことになって。(母校の)福岡第一高がインターハイに出る前で、井手口先生に相手してくれって言われて、第一高校で一週間ぐらいガチンコでゲームして。その後に沖縄に行って(琉球)ゴールデンキングスのスクリメージのゲームに参加したり、成さんの出身中学校のコザ中に行ったりしました。

その後、日本のbjのチームに入りたい外人の人たちが大阪に来ていてバスケやろうって呼ばれたんで、福岡の大濠高校出身の堤啓士朗さん(現高松ファイブアローズ)も一緒に3人で大阪に行ってゲームして。その後にまた東京に行って、Hoopersっていうストリートのイベントに3人でゲストとして出て。

全部あわせて3週間ぐらい、成さんと一緒に回ってトレーニングしたので、身体もだんだん大きくなってきました。

──アメリカに出てこなかったら日本で大学3年生だったわけだけど、日本で同年代の大学生とやってみて、どうでしたか?

コンディションが悪くても全然ボコボコに出来たんで、日本でやったらたぶん相手にならないんじゃないですかね(笑)

──強気ですね

そこは強気では行きますね。日本だったら、比江島慎(青山学院大3年)以外だったらいける(勝てる)かな。

「アメリカでは一人ひとりから刺激を受け、意識を高く持てるし、やらなきゃなと思う毎日」だと早川

──日本でバスケをやってみて、日本にいたほうがよかったなとは思わなかった?

アメリカに来てよかったですね。やっぱり刺激も全然違うし。日本にいたら、うまいのはチームで何人かだけなわけじゃないですか。エースの子が何人か。アメリカは、大きい子も上手いし、小さくても自分より速くて上手い。みんな、それぞれいい部分があるので、一人ひとりから刺激がもらえるんですよね。だから意識も高く持てるし、やらなきゃなって思う。日本にいたら、もっと試合に出れていたと思うし、今ほど全然頑張っていなかったと思うから…。

──そのかわり、日本にいたら今ほどいろいろ、プレイのことで悩むことはなかったかもしれないけど…。

そうですね。でも、逆にそれに物足りなさを感じてきていたと思うし、今ほど意識の高さはなかったかなと。

──アメリカに出てきて3年目だけど、ここまでの2年余で、こうしておけばよかったなと思うことがありますか?

こうしておけばよかったっていうよりも、こうやっていてよかったなっていうほうがありますね。

──それは何?

頑張っていてよかったな、諦めなくてよかったな、ですね。ずっと諦めなかったんで。自分のポジションもだんだん確定してきて(*2)、試合にも出られるようになってきた。去年もスタートで活躍できて、最後の試合、勝てなかったですけれど、地区決勝で38分も試合に出ることができた。我慢してやってきたのがよかったなって思います。だから、アメリカに来て後悔したことはないですね。
(*1)ケガ続き
シーズンが始まって間もなく、捻挫、両足シンスプリント(=脛骨過労性骨膜炎)さらに肩や手首も痛める。高校時代に前十字帯切断をしている右膝の痛みがひどくなるなど、立て続けに故障。トリートメントを受けながら、試合には出場し続けている。

(*2)ポジション
アメリカでは、身長で分けるとガード~スモールフォワードの早川だが、4番(パワーフォワード)相手でも押し負けないだけのパワーがあり、リバウンドも取れるため4番で使われることもあった。しかし、本人の希望もあり、最近は2~3番で定着。

1 / 3123