日本人初!NCAAスウィート16進出 [大学]

ヒル理奈ルイジアナ州立大

高校で味わった悔しい思い。「あのままでは終われなかった」

桜花学園高卒業後、アメリカに渡ったヒル理奈。入学したのは強豪のルイジアナ州立大。今年のNCAAトーナメントでは控えのポイントガードとして、日本人初のスウィート16進出に貢献した。ヒルがNCAAの舞台で目指すもの、そして将来の夢は。ルイジアナに渡ったヒル理奈の奮闘を追う。

インタビュー・文・写真/青木 崇

ルイジアナ州バトン・ルージュにあるLSUのキャンパスにて

日本人初!NCAAスウィート16進出!

ヒル理奈
(170㎝/21歳/G/ルイジアナ州立大)

高校で味わった悔しい思い。
「あのままでは終われなかった」

 
 
 2011年12月のウィンターカップ、長岡萌映子(富士通)がいた札幌山の手に準決勝で3点差の惜敗を喫した後、桜花学園の中でだれよりも悔しさを表に出している選手がいた。彼女の名はヒル理奈。あの当時、大会を通じて長岡に焦点を当てて取材をしていたが、あのシーンだけは鮮明に覚えている。U-17日本代表になるなど将来を嘱望されていたヒルが、夏のインターハイ後にスターターの座でなく、出場機会を失うどん底を味わっていたことを後に知った。

 あれから1年半後の2013年5月、ヒルがLSU(ルイジアナ州立大)に入学するという知らせが届いた。2004年から5年連続でNCAAファイナル4に進出した強豪で、北京とロンドンでオリンピック金メダルを手にしたシモン・アガスタスの出身校。桜花学園卒業後にアメリカへ渡り、プレップ・スクールのIMGアカデミー(フロリダ州にある大学に進学するための準備校)での活躍が認められてスカラシップを手にしたことは、アメリカで長年取材してきた筆者にしたら衝撃だった。

 LSUに入学したヒルは、シーズン序盤に先発で出場機会を得るなど、1年生からローテーション入り。しかし、チームが在籍するSEC(サウスイースタン・カンファレンス)のリーグ戦では苦戦し、中盤以降2〜3分という試合があるなど出場時間が減少。しかし、NCAAトーナメントは故障者が出たことによって出場時間が増えると、2回戦のウエスト・バージニア大戦で17分間出場し、8点、2アシストで勝利に貢献した。

 後半途中での7点差を逆転するきっかけとなるジャンプシュート、土壇場で勝利を決定的にするフリースローを4本決めるなど、ヒルの活躍抜きにLSUスウィート16進出はなかった。ヘッドコーチのニッキー・コールドウェルは、「1年生だから波があるものだけど、彼女は自信を持ってプレーしていた。今夜は期待に答えてくれたし、コート上での彼女は怖いもの知らずで、勇猛果敢だった」と高く評価。LSUは次のルイビル大戦で敗れてシーズン終了となったが、日本人として初のスウィート16(※)進出は、日本の女子バスケットボール界にとって大きな意味がある。

 ここからのインタビューは、NCAAトーナメント1、2回戦中にLSUのキャンパスがあるルイジアナ州バトン・ルージュで行ったものだ。

※NCAAではベスト16を「Sweet16」(スウィートシックスティーン)、ベスト8を「Elite8」(エリートエイト)と呼び
「Final Four」(ファイナルフォー)を勝ち抜いて全米ナンバーワンとなる。
 
 

■名門・桜花学園から挑戦の地・アメリカへ

「日本で結果を出せなかったので、結果を出すためには
アメリカに行って、何か起こす必要があるかなと思った」

アメリカに渡ってポイントガードにコンバート。試合後のロッカールームではチームメイトと言い合いになるくらい戦いの日々を送っている

――アメリカでプレーしようと思った理由は?

とりあえず挑戦というのもありますけど、でもこっちのプロを目指しているので、それにつながるのは日本でプレーするよりも、こっちの大学を出たほうが結構道は広がるかなと思って」

――目指すは当然WNBAですか?

そうですね、一応。ヨーロッパのリーグも少し見てはいますけど…。

――それを意識したのはいつごろ?

高校1年のころから大学はアメリカに行こうと思っていました。NCAAトーナメントって規模が大きいじゃないですか。ファンとかも多いので、こっちの雰囲気でやってみたいなというのがすごくありましたね。

――ホームだったといえ、初めてNCAAトーナメントをプレーしたわけだけど、緊張しましたか? それともリラックスしてプレーできましたか?

何か緊張しましたね。ベンチスタートなので、余計に難しいじゃないですか?

――まだベンチスタートというのは慣れていませんか?

ずっとベンチだったので、慣れてきたのはあります。でも、流れを変えるとか、ここでワンアクション起こすのが役目だと思っているので、それをコンスタントにやるのが難しいです。

――桜花学園卒業後にIMGアカデミーに進み、そこで頑張ったからLSUに入ることになったけど、他にリクルートしてきた大学は?

オーバーン大は公式訪問まで行って、あとはオハイオ大、フレズノ州大、ラトガース大ですね。他にもたくさんありました。そのときのランキングは、LSUが一番高かったですね。

――LSUから声がかかったときの心境は?

ウォーって思いましたね。IMGに来るまで、メジャーどころのトップ10くらいは知っていましたけど、あとはどうなのかわかりませんでした。大きな目標がトップ20の大学からリクルートしてもらい、そこに入るということでした。IMGに行くときの目標がそれだったので、ひとまず目標を達成できたということです。

――桜花学園の3年生時に味わった悔しい思いは、今の自分にとって原点となっているのでしょうか?

あのままでは終われなかった。

スウィート16進出を決めたウエスト・バージニア大戦終了後のスコアボード

――日本バスケットボール協会のサイトにあったレポートの中で、“自分の頑張りが十分じゃなかった”というのがあったけど、どん底から這い上がってくることができた理由は、やはりアメリカでやりたいという強い気持があったからですか?

そういうことと、逆に日本で結果を出せなかったので、どこかで結果を出してやろうという感じでした。一応大きな目標があるので、一つ一つクリアしていくために、まずはアメリカに行って、何か起こす必要があるかなと思った。

――井上眞一コーチってどんな存在ですか? 当時はいろいろな思いもあったはずでしょうが…。

そうですね。でも、バスケのIQという点では桜花の3年間で教わったので、こっちに来てからその部分であまり苦労していないですね。IQや(セット)プレーを覚えるということでは。高校時代はフォーメーションとか結構覚えなければならなかったので、そのおかげですね。こっちに来てからは、PGでみんなに指示をしなければならないですから、覚えなければならない部分をすぐに覚えられた。周りの覚えが悪いのもあるんですけどね(笑)

――桜花のときのナンバープレーに比べると、LSUのほうが断然多いはずですが、もし桜花で学んでいなければ、苦労していたかもしれないということでしょうか?

そうですね。もしかしたら、“ナンバープレーを覚えるのか”ってことになっていたかもしれません。桜花のときに大体のコンセプトを教えてもらったので、ディフェンスであったり、オフェンスであったり。

――最終的にLSUに決めた理由は?

公式訪問で先にオーバーン大に行き、その直後LSUに行ったんです。オーバーン大もすごくよかったんですよ、雰囲気も含めて。行く前からLSUという気持は強かったんですけど、実際に来てみた時に、”ここだな!”って思ったんです。何かが違ったんですね。今のチームメイトともその時に話をしたんですけど、見ている先がオーバーン大の子たちよりも上だったんです。上へ行くことからすれば、そういうチームで戦えたらなと思いました。

――OGにシモン・アガスタスというオリンピックの金メダリストがいますよね?

それもすごくいいですよね。あとヘッドコーチもですね。まあ、IMGにいたときのコーチがすごくよかったんですけど、雰囲気が少し似ていたんですよ。
 
 

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