Wリーグファイナル<2> [WJBL]

渡嘉敷来夢JX-ENEOS #10

「もっとやれる! もっと上手くなりたい!」と臨んだシーズン

WリーグのファイナルでMVPに輝いた渡嘉敷来夢。富士通の厳しいディフェンスに苦しみながらも、第3戦はエースらしい活躍でチームを7連覇に導いた。2014-15シーズンは、これまで以上にゴールに果敢にアタックするシーンが多かった。今季、渡嘉敷はどんな進化を遂げたのか。ターニングポイントを振り返るコラムとともに、WNBAへの挑戦を胸に秘めて戦ったファイナルについて聞いた。

取材・文/舟山 緑   写真/一柳英男

渡嘉敷はファイナル第3戦で25得点とチームハイをマーク。ビハインドの苦しい展開からチームを優勝へと導いた

貪欲に点を取ることに目覚めた2014-15シーズン。
自信をつけて「第3章」への挑戦が始まる。

Wリーグ7連覇を決めた翌日、渡嘉敷来夢はWNBAのシアトル・ストームとの契約を発表した。3月中旬にシアトルからオファーを受け、契約書にサインをして送ったのが3月末日。Wリーグのプレーオフを控えていたため、チームメイトにも契約の事実を伏せてセミファイナル、ファイナルを戦ったと言う。「WNBAへの挑戦」という吉報が、渡嘉敷自身をどれだけ発憤させたかは容易に想像ができよう。

世界最高峰のWNBAの舞台でどれだけ通用するのか見てみたい。いや「世界」を相手にぜひ活躍してほしいと、誰もが渡嘉敷に期待を寄せてきた。そのトビラを今、渡嘉敷が自らの力で開けようとしている。いよいよ渡嘉敷にとっての「第3章」が始まると言ってもいいだろう。

これまでのターニングポイントから、渡嘉敷の成長の跡をたどってみたい。

“原石”だった「序章」時代と、ケガを経て身につけた強さ

渡嘉敷がWリーグに入って5シーズンが過ぎた。日本人離れした192㎝の長身はバランスも抜群。バスケットボールプレーヤーにとって大きな武器となる長い手足に加えて、走力と運動能力、さらにバスケットIQをも兼ね備えたプレーヤー。こんな逸材は、日本の女子バスケットボール界で初めでだった。

類い稀なその能力で注目を集めた桜花学園高時代。JX-ENEOS(当時はJX)に入団して2シーズンは右足甲に痛みを抱え、まだ存分にその能力をいかんなく発揮しているとは言い難かった。言葉を換えれば、まだまだ磨かれていない“原石”の状態。渡嘉敷にとっては「序章」の時代だったと思う。

2シーズン目のリーグ後半、2012年1月に渡嘉敷は右足甲の手術に踏み切る。6月にロンドン・オリンピック最終予選(OQT:トルコ)を控えて無念のリタイアだったが、長い将来を考えての英断だった。この手術を経て渡嘉敷は、ようやく自らがもつポテンシャルを思う存分に磨く準備を整えたと言える。

原石が少しずつ輝きを増した「第1章」は、Wリーグ3シーズン目(2012-13年)だった。右足甲の手術が癒えて臨んだシーズン。思い切り走り、ジャンプする渡嘉敷がいた。何よりも成長を感じさせたのは、メンタリティが強くなったことだ。手術前の渡嘉敷は、コートでミスをしては周囲に謝ってばかりの大変な“気いつかい”で、ミスを引きずりがちだった。「自分はもっともっとやれる」という思いがある一方で、自信が持てないでもいた。

だが、手術を経てリハビリに励んだ数カ月間、渡嘉敷はそんな弱さを持つ自分自身としっかりと向き合い、クヨクヨする自分を吹っ切っていた。ミスしたことを引きずるのでなく、「次のプレーをがんばればいい」「点を取られたら、取り返せばいいんだ」と、前向きな思考を身につけたのだ。ケガを乗り越えて手に入れたこのメンタルの強さは、その後も渡嘉敷の武器になっている。

アジアMVPで幕を開けた「第2章」

「第2章」は、2013年のアジア選手権(タイ・バンコク)で43年ぶりに日本に優勝をもたらし、大会MVPを受賞してからのこの2シーズンだ。2013-14シーズンは、アジア選手権で得た自信が糧となり、プレーに幅が生まれてきた。ゴール下だけでなく、ミドルレンジのショットを積極的に打つようになった。加えて、シーズン後半にガートの吉田亜沙美がヒザのケガで戦列を離脱したことによって、渡嘉敷は間宮(佑圭)とともにチームを引っ張るという意識を強くし、また一つ成長を見せた。

そして今季、2014-15シーズンは、さらにエースとしての自覚が増したシーズンとなった。司令塔の吉田を欠いて苦しい戦いが続いた序盤から、“チームを引っ張っていく”という強い自覚を持ってコートに立つ渡嘉敷がいた。正ガードを欠き、外角陣の調子が上がらないチーム状況では、渡嘉敷、間宮らのインサイド陣にかかる負担は大きかった。だが、この苦しい状況こそが、渡嘉敷をさらに成長させたと言ってもいい。チームが苦しいからこそ、アグレッシブにゴールにアタックするシーンが増えたのだ。その陰には、個人練習を指導するトム・ホーバス・コーチの言葉があった。
 
 

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