NBA入りを目指す台湾期待の23歳 [海外]

ジェット・ジャン(台湾名=ジャン・ゾンシィエン) チャイニーズ・タイペイ代表 #10

「NBAに入ることは究極の目標。毎年、挑戦していきたい」

今夏、NBAのサマーリーグのロスター入りを果たしたチャイニーズ・タイペイのホープ。大学時代はBYUHでプレーし、NCAAディビジョンⅡ全米トーナメントの準決勝で43得点をマークして注目を集めた。アジアカップ来日時に、NBA挑戦や今後の展望について聞いた。

インタビュー・文/宮地陽子  写真/一柳英男

NCAAディビジョンⅡ全米トーナメント準決勝で43得点を獲得し、注目を集めた台湾人選手

「NBAにチャレンジする」と自分の意志を持ち続ける台湾期待の23歳

 去年の3月、ESPNのスポーツセンターを見ていたら、見覚えのあるハイビスカスの模様が入ったユニフォームを着た、アジア系選手の映像が飛び込んできた。ユニフォームはブリガムヤング大ハワイ校(BYUH)のもの。見覚えがあったのは田臥勇太が同校にいたときと同じユニフォームだったからだ。

 このアジア系の選手の名前は、すぐにわかった。というのも、この試合で43得点をあげてBYUHを勝利に導いたこの選手、台湾出身のジェット・ジャン(台湾名ジャン・ゾンシィェン)こそ、全米ネットワークでの露出がないディビジョンⅡの大学の試合がスポーツセンターで流れていた理由だったのだ。NCAAディビジョンⅡ全米トーナメント準決勝でジャンは、小気味いいほど相手ディフェンスを翻弄し、攻め、43得点をあげてBYUHを決勝戦に導いたのだった。

 今年BYUHを卒業した彼は、7月にはミネソタ・ティンバーウルヴスのサマーリーグ・チームにロスター入りした。残念ながら、サマーリーグの試合での出場はなかったが、まだNBAへの夢は捨てていないという。アジアカップで来日したジェットに、話を聞いてみた。

※インタビューでは「チャイニーズ・タイペイ」ではなく「台湾」という言葉を用いて取材しているため、文中では「台湾」と表記。
 
 
 
 
 
ニックネームは“ジェット”
「NBAに入ることは究極の目標。毎年、挑戦していきたい」

──もともとBYUHに行こうと思ったのはなぜだったのでしょうか?

(BYUHの)アシスタントコーチがナイキキャンプで台湾に来ていて、僕のプレーを見て、BYUHに行きたいかと聞いてきてくれたんだ。

──その前からアメリカに行きたいと思っていたのですか?

高校を卒業したらアメリカに行きたいと思っていた。それが僕の夢だった。こういう国際大会で他国の選手たちと競うためにも、より高いレベルの舞台で、それまでとは違うことをしたかった。それがアメリカに行った理由だ。

──BYUHでの4年間はどうでしたか?

とても、素晴らしい経験だった。みんな親切だったし、アメリカのスタイルのバスケットボールを経験することができた。多くのことを学ぶことができ、さらに多くの友人も作ることができた。とてもよかった。

──大学3年のときには、NCAAディビジョンⅡの全米トーナメントに出場して、決勝戦まで進んでいますよね。その前の準決勝では、あなた自身43点をあげて注目されていました。

うん、そうだった。2年前、大学3年のときだった。トーナメントであそこまで勝ち進むことができるとは、信じられないほどすばらしい経験だった。決勝では負けたけれど、それでもあのシーズンはとてもいい思い出として残っているし、僕にとっていい経験だった。

──準決勝でのあなたの43得点は、スポーツセンター(ESPNの人気スポーツ・ニュース番組)でも取り上げられ、ハイライトシーンが放映されていましたよね。

うん、あれには僕も驚いた。

2009年に代表入り。その年のアジア選手権では起爆剤となる活躍でチームを5位に引き上げる原動力となった。アジアカップではチームはふるわず6位

──スポーツセンターで自分のプレーが流れたのは、あれが初めての経験ですか?

そうだね、初めてだった(照笑)

──スポーツセンターで流れたことで、色々な人から電話がかかってきたのではないですか?

うん。試合後はクレイジーだった。多くの人がEメールを送ってきたり、電話してきたり、エージェントも(NBAのドラフトにエントリーするように)連絡を取ってきた。(翌試合の)決勝のときに、プロにならないか、NBAのトライアウトを受けないかと薦めてきたエージェントがいたんだ。でも、僕は大学を卒業したかったし、ハワイも楽しみたかったから、最後の1年(4年次)も大学に残った。

──あなたにとって、NBAに入ることは夢だと思うのですけれど…。

そうだ。

──とすると、そうやって誘われると、NBAに入れるかどうか試してみたいという気持ちになりませんでしたか?

NBAは最高の場所だ。僕だけでなく、みんなにとっての夢だ。それだけに、もっと自分の準備を整えて、上達する必要があった。毎日、成長するように努力した。こうやってアジアカップで試合を戦っていることも、自分が成長するためのいい経験になっている。

──大学4年でBYUHに戻ったということは、それだけ準備に時間が必要だと思った?

あの年、僕はあまりいいシーズンを送ることができなかった。でも、それでも多くのことを学ぶことができたと思っている。今年はNBAには入れなかったけれど、NBAに入ることは究極の目標だ。来年、いや、毎年、挑戦していくつもりだ。
 
 

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