W杯からアジア大会へ――韓国 vs イラン
試練の12試合目で魅せたアジア最高の闘魂

取材・文・写真/小永吉陽子  取材・翻訳/朴 康子

優勝して歓喜に沸く韓国代表。アジアの大会でイランに“決勝”で勝ったのは韓国が初

ワールドカップからアジア大会へ
試練の12試合目で魅せたアジア最高の闘魂

◆アジア大会2014 フォトレポート<2> 韓国vsイラン――激闘のファイナル・他国の奮闘
◆ワールドカップ2014――韓国が世界舞台で痛感した“井の中の蛙”からの脱却
 
 

イラン、フィリピン、韓国“ワールドカップ組”の背景

帰化選手とチーム組織を整えられずに脱落したフィリピンは
早くも来年のアジア制覇を誓った

ワールドカップを5連敗で終えたあと、グランカナリア島のアリーナで聞いた韓国のキャプテン、#6ヤン・ドングンの言葉がずっと頭から離れなかった。

「これまで自分がやってきたKBLでの経験や、アジアのバスケットは何だったのだろうと思いました。どうして自分は何もできないんだろうか。積極的にやろうと思っても、もともとの技術が足りないので対抗できなかった」

それから約2週間後に迎えたアジア大会で、韓国は世界に打ちのめされた失意から立ち上がり、2002年釜山アジア大会以来、12年ぶりとなる悲願の優勝を果たした。ファイナルに進出したイランも韓国も、ワールドカップから12試合目となる連戦の中で魅せた死闘だった。

今回のアジア大会はワールドカップ組にとってはこれまでに例を見ない過酷な大会になった。それでも、世界へのチャレンジと同様に、アジア大会に勝負をかけていたのは3ヶ国とも同じだった。

イランの司令塔#7マーディ・カムラニはワールドカップ中にFIBAのインタビューに対し「私たちの最大の焦点はアジア大会だ。そのために私たちはワールドカップ中も体調を維持しなければならない。ワールドカップではブラジルとフランスにいいゲームをし、エジプトに勝つことが目標。でも、アジア大会で金メダルを獲ることは個人のゴールではなく、イランという国として重要なことだ」とハッキリと答えている。

フィリピンの場合は6月にNBAプレーヤーであるアンドレイ・ブラッチを帰化させたことで、世界とアジアで自国をアピールする野望があった。「私たちの強化プログラムは年々進んでいる。今年はワールドカップで躍進し、アジア大会の優勝を狙いたい」と、ビンセント・レイエスHCは7月のアジアカップ時に話していた。

イランはGカムラニ、Fバハラミ、Cハダディは健在。フィリピンは写真のPGアラパグを中心に2大大会を戦ったが、イラン、韓国戦ともに接戦を落とした

しかしフィリピンの野望は大会前に崩れた。アジア大会を主催するOCA(アジアオリンピック評議会)とFIBA(国際バスケットボール連盟)とでは帰化選手のルールが異なったからだ。

帰化申請が通ればすぐに登録できるFIBAとは違い、OCAの帰化ルールでは「帰化した国に居住3年」というルールがある。そのためフィリピンは、従来の帰化選手であるマーカス・ドゥーシットを7月のアジアカップで起用して準備したと同時に、アンドレイ・ブラッチがアジア大会で登録できるようにFIBAに直訴もしていた。チャイニーズ・タイペイもしかり。帰化2年目のクインシー・デイビスを出場させようと、こちらは直接OCAに働きをかけていた。

だが、開催国の韓国が「居住3年」のルールのために、6月の時点で新しい帰化選手であるアーロイン・ヘインズ(SK)の導入をあきらめ、2011年にアジア選手権に出場したハーフコリアンの帰化選手、#4ムン・テジョンで戦うとルールを守っている以上、大会組織委員会はOCAのルールを徹底することにしたのだ。この決定によって、インサイドの軸を失ったフィリピンは2次リーグで、チャイニーズ・タイペイは1次リーグで敗退している。

特にフィリピンの崩れ方は顕著だった。帰化選手であるマーカス・ドゥーシットが大会中に「不誠実な態度があった」(レイエスHC)ことでチーム内に不協和音が起きて2次リーグの初戦でカタールに敗れてしまった。立て直して臨んだ韓国戦では大激戦の末に敗れ、カザフスタンには最大15点リードから2点差まで猛追されて、ゴールアベレージの末にベスト4を逃してしまった。

「カタールに負けたことがすべてで恥ずかしいこと。我々は強化のプログラムをさらに進め、ブラッチが出場する来年の夏はオリンピック出場を目指す」とフィリピンのレイエスHCはそう言い残してインチョンの会場から去っていった。
 
 
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