歴史的一戦で見えた、bjのオールジャパン挑戦の難しさ
千葉ジェッツの挑戦

文/鈴木栄一  写真/高野 洋

JBLとbjの公式戦初の対戦

 
 bjリーグは、元々はJBLの前身であるJBLスーパーリーグから新潟アルビレックス(現在、新潟アルビレックスBB)、さいたまブロンコス(現在、埼玉ブロンコス)が脱退し、2005年に、仙台89ERS、東京アパッチ、大阪エヴェッサ、大分ヒートデビルズを加えた6チームでスタート。bjリーグがJBA管轄外の独立リーグを設立した経緯から、両リーグは相容れない関係にあった。

 だが、2010年3月20日、bjリーグの日本協会(JBA)への加盟及び選手登録において、JBA理事会において正式に承認。2010年4月に日本協会、JBL、bjリーグ3者間で覚書調印式が行われ、bjリーグから日本代表選手の選出やオールジャパンへの出場が可能となった。そしてついに今年1月4日、オールジャパン3回戦で、両リーグのサポーターたちが待ち望んだ対戦がついに現実のものとなった。bjリーグから唯一出場した千葉ジェッツが、JBLのプロチーム・レバンガ北海道と対戦。bjリーグとJBLが初めて激突する一戦はバスケ界において大きな話題となり、オールジャパンの3回戦としては異例の注目を集めた。

 試合は、レバンガが攻守で力の差を見せつけて97-59と圧勝。元々、両チームの日本人選手のタレントを比較した場合、北海道の方が上手だったのは衆目の一致するところだったが、それ以上に普段は外国人を同時に3人起用できるオン・ザ・コート3(第2Qのみ2人)のルールで戦っているbjリーグの千葉にとって、オン・ザ・コート1であるオールジャパンのルールは、余りに勝手が違い過ぎ、これが大敗を導いた最大の要素であったといえよう。

 試合自体は一方的で盛り上がりに欠けるものだったが、それでもbjとJBLのチームが初めて対戦したのは、日本バスケットボール界全体にとっては大きな意義のあること。そして不利な状況を分かっていながら、大会参加を決めた千葉ジェッツの選択は、両リーグの交流、その先にある統合にポジティブな影響を与えるものだったと評価できることも事実だ。また、千葉だけでなくbjリーグ全体にとっても、JBLとオン・ザ・コート1のルールで戦うことがどのようなものなのかと見えてきたものはあったはずだ。

 そこで、千葉の選手、ヘッドコーチ(HC)の試合後のコメントを紹介し、改めてbjリーグのチームが、オン・ザ・コート1で戦うことの難しさについて振り返ってみようと思う。

 

マッチアップすべてが不利になると分かっていた

リバウンド、シュート率で完敗を喫したが「本来はもっと良いプレイがぶきるはず」とエリック・ガードーHC

  敗れた千葉ジェッツのエリック・ガードーHCは、「非常に残念な結果となってしまいました。北海道はすごく良いメンバーが揃っているので、最初からマッチアップすべてが不利な状況であることは分かっていました。でも我々も、本来は今日よりももっとよいプレイが出来るはずなので、その点が一番残念です」と総括したように、千葉としては自分たちの持っている力をしっかりと発揮できなかった。

そして「最初からリバウンド争いにおいて、北海道が有利であると感じていましたが、まさかここまで負けるとは思っていませんでした(総リバウンド数で北海道66に対し、千葉は36)。彼らは私たちよりフィジカル面で勝り、アグレッシブで速かったです」と続けたように、ゴール下を予想以上に制圧された。ただ、それよりも千葉にとって痛手となった要素があった。

「試合終盤まで競る展開に持ち込むには、フリースローを決めていかなければいけないと試合前に言っていました。フリースローで得点を多く挙げるのは私たちのバスケットボールですが、今日、それを決められなかったのはすごく痛かったです」。この試合、千葉のフリースローは30本中16本成功。前半終了時点では15本中7本成功のみ。「また、今日は中心選手であり一番得点力のあるジェメル(スタテン)のシュートがなかなか入りませんでした。もしかしたら、これまでで最悪の出来かもしれなかったのは残念でした」

 千葉は、bjリーグでも積極的にゴールへとアタックし、フリースローを得るのが持ち味のチーム。そして、フリースローの本数が示すようにアタックは出来ていたが、その最大の武器で得点をしっかり奪えなかった。オン・ザ・コート1でもあり、オフェンスの命運を握っていたスタメンが絶不調であっては得点が伸びないのは必然だった。

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