目指すはNCAAディビジョンⅠでのプレー
夢が目的へ。八村塁が取り組む高校3年生の宿題

文/小永吉陽子  写真/一柳英男

「アメリカの大学へ行き、NBAでプレーしたい」と決意させたU-17世界選手権。写真はアメリカ戦より。写真/FIBA.com

◆ジョーダン ブランド クラシック2015 レポート
「コミュニケーションが課題。刺激を受けた世界選抜」

夢が目的へ――
八村塁が取り組む高校3年生の宿題

「アメリカでプレーしたい」というモチベーションがプレーの幅を広げた

八村 塁 はちむら・るい/明成高3年/200㎝/1998年2月8日生まれ/富山県・奥田中出身/塁という名前は「日本でも海外でも通用するように」(本人談)と名付けられた

明成のエースとしてウインターカップ2連覇に貢献し、U-17世界選手権では大会得点王を獲得。この春には、世界中で優れた技量とリーダーシップを持つ高校生が選出される「ジョーダン ブランド クラシック2015」の世界選抜(インターナショナルチーム)に日本から初選出された。ベナン人の父と日本人の母を持ち、2メートルの高さとしなやかな身のこなしを備える八村塁は、これまでの日本にはいなかった規格外の選手だ。高校3年生となった今、卒業後の進路が大きく注目されている。

1年時の八村は、ウインターカップでセンセーショナルな活躍を見せて周囲を驚かせたが、その傍らでは個性豊かな3年生たちに引っ張られていた。とくにガードの金子大希(玉川大2年)と植村哲也(法政大2年)が繰り出す絶妙なパスや、走れるパワープレーヤー宮本滉希(明治大2年)の存在があったからこそ、八村のインサイドでの活躍が光ったのだ。ゆえに「優勝したのは3年生のパスがよかったから」と言い、屈託のない笑顔で「バスケは楽しい」との感想をテレビのインタビューで答えている。

エースの自覚が備わったのは2年生になってからだ。試合に出るのが2年生だけという布陣の中でリーダーシップが芽生え、柔らかいシュートタッチを生かしてシュートエリアをアウトサイドまで広げ、ウインターカップでは次々と立ちはだかる留学生たちを1対1で凌駕した。そんな八村が目に見えて変わったのは夏以降、インターハイとU-17世界選手権を終えてからだった。

インターハイの決勝まで導いた八村は、チームメイトの納見悠仁とともに、U-17世界選手権(ドバイ、UAE)のコートに立った。インターハイから続く過酷な12連戦の中でも常にゴールに向かう姿勢は、舞台が大きくなればなるほど勝負欲が出てくる八村の良さを再発見した大会になった。

初戦のオーストラリア戦ではブザービーター3ポイントを決めて延長へと導き、38-122と惨敗したアメリカ戦では一人で25得点を稼いだ。時折、攻め急ぐ雑なシーンも見られたが、八村しか1対1でこじ開ける選手がいなかったのも事実。UAEに1勝しかできずに14位(16位中)に終わったが、7試合戦って平均22. 6点で得点王になったことは特筆すべきことだろう。

ドバイから帰国した直後の八村は「負けて悔しかったけど、強い相手と毎日戦えるのは本当に楽しかった。ますますアメリカの大学に行きたくなった」と答えている。明成の佐藤久夫コーチは、そんな八村の成長をこのように見ている。

「以前からNBAでプレーしたい、オリンピックに出たい、ということを人前で語っていたが、それは夢や希望にすぎなかった。それがU-17世界選手権で得点王になったとき、“アメリカでプレーするんだ” という夢が目的に変わった。心の内面から成長したことがモチベーションとなり、幅広いプレースタイルの習得につながったのです」
 
 

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