韓国軍隊チームが初来日
軍隊チーム「尚武」来日。知られざる軍人精神と強化の関係性

文・写真/小永吉陽子  取材協力/朴 康子

KBLに所属するプロ選手ではあるが身分は軍人。敬礼をして試合を終える(写真/朴康子)

韓国軍隊チーム「尚武」(サンム)初来日
知られざる軍人精神と強化の関係性

「国軍体育部隊」が強化のために来日

日本にはない徴兵制度の中で生きる選手たち。
27歳までのKBL選手で構成される「尚武」の実態

声を出し続ける1年生たち。右からチェ・ブギョン(SK)、キム・シレ(LG)、イ・デソン(モービス)、パク・ビョンウ(トンブ)

「ウォー!ウェー!オーッ!」

文字にすると表現し難い野太い声が、ナショナルトレーニングセンターのバスケットボールコートにこだましていた。KBLにいた頃よりもムキムキに鍛えられた体つきになった軍人たちは、試合の最初から最後まで、腹の底から声を出し続け、床を「バンッ!」と力強く叩いては、ディフェンスの気合いを入れていた。日本ではなかなかお目にかかることができない韓国の軍隊「尚武」(サンム)が来日し、一週間の滞在で日本代表と4ゲーム行った。

尚武とは韓国・国防部直轄にある「国軍体育部隊」の総称だ。

韓国男子には約2年間の兵役が義務付けられているが、スポーツ選手が軍事訓練の代わりに練習に打ち込める兵役が「尚武」への入隊であり、兵役を遂行しながらも競技力を維持する唯一の手段となっている。尚武への合格者はKBL10チームに対して、毎年9名。プロでの実績と体力テストと実技テストによって合格者が決まる。他競技団体にも尚武は存在し、スポーツ選手にとっては競争率が高い狭き門である。兵役期間は21ヶ月。全員がKBLに所属する満27歳までの選手たち構成され、いってみれば、27歳以下KBL選抜チームのような実力だ。今年の10月に4年に一度のミリタリーワールドゲームズ(世界軍人競技大会)が韓国・聞慶で開催されるために、強化を目的として来日した。

イ・フンジェ監督(49歳)。この2年間は国家代表のコーチを務め、ワールドカップ出場とアジア競技大会金メダル獲得に貢献

実はこの尚武のイ・フンジェ監督に、2012年2月、韓国で尚武の試合を観戦した時にインタビューを申し込んだことがある。尚武のシステムを知りたかったこと、プロの実戦から約2年も離れることにハンデはあるのか、また軍人として訓練することによって利点があるのかを知りたかったからだ。

残念ながら、インタビューは不可能だった。理由は外国人記者であることから、軍への取材は「韓国・国防部の許可が必要」ということだった。尚武は軍隊。選手の身分は軍人。軍のシステムについては、外国人が気軽に取材できるものではなかった。

しかしその後、イ・フンジェ監督が国家代表のコーチングスタッフの一員であることから、この2年間、国際大会で会うごとに、「以前は取材に応じられなかったので、機会があればきちんと取材に応じたい」と声をかけてくれるようになった。今回の日本遠征では試合公開が決まったことで、チームの団長が国防部に確認を取り、日本のメディア対応を許可してくれたのだという。快く取材を受けてくれたことに改めて感謝したい。
 
 
日本も韓国も、両国収獲があった強化試合

今回来日したメンバーは16名(怪我人2名は来日せず)で、KBLの各チームで成長中の選手ばかりだ。2メートルを超える選手は4名。代表クラスの選手は不在とはいえ、日本よりも高さがあり、リバウンドに跳び込むフィジカルの強さがあるために、日本は苦戦を強いられるのでは、と感じたが、尚武はまだチームになりきれていなかった。1年目の選手が軍事基礎訓練を終えてチームに合流したのが6月。2年目の選手はプロの試合から1年間以上離れていることもあり、実戦感覚をやや失っていた。4戦の内容は勝ったり、負けたりの繰り返しだったというが、公開された3戦目は、状況判断が悪くミスを多発するシーンもあった。

だからこそ、尚武は日本遠征に来たのだといえる。イ・フンジェ監督は「日本代表との対戦を経験し、学ぶために来た。今日の試合ではミスが重なったときに誰がリーダーシップを取るのか、そういった点を学べたと思う」と収獲点を語る。

コートに汗が落ちればダッシュで拭きにくる。誰かがケガをしても素早くコートに出迎えに出てきた

チームを観察していると、野太い声を出しているのは、主に坊主頭の1年生たちだ。2年生はスポーツ刈りや短髪の整ったヘアスタイルになっていることから、軍人の上下関係がすぐにわかる。コートに汗がしたたれば、大勢で一目散に駆けつけ、自分たちのバッシュでキュッキュッと汗を拭きに行くのも1年生が多い。もちろん2年生の先輩も1年生ほどではないが、大声を張り上げている。軍隊で優先されるべきものはチームへの献身だ。

今回、彼らが学んだことの一つに、審判のジャッジに対するアジャストが上げられるだろう。KBLの有望若手とはいえ、過去に代表候補に名を連ねた選手は4名のみ。そんな国際大会の経験に乏しい選手たちが、日本のレフェリーたちの笛の基準に戸惑い、集中力が切れたことがあった。それが4試合のうちに数回あったという小競り合いとなって現れた。公開試合となった3戦目、小競り合いからヒートアップして当事者以外の韓国選手がコートに出て行くシーンがあった。一瞬、驚きもしたがすぐに引いた姿勢を見て、これは大人数で汗を拭きに出てきたのと同じように、仲間を助ける精神なのではと感じた。

この件に関しては長谷川HCも同意見で、「あれ(コートに選手が出てきた)は、彼らの仲間を守る意識の強さの表れでしょう。僕だって、本当の国際大会で乱闘があったら、みんなでコートに出て行くぞ!と言いたい。それくらいの戦う気持ちを日本の選手にも出してほしい」と、本来あってはならない小競り合いにしても、日本人にはない気性の激しい選手と戦わなくてはならない国際大会をイメージする機会に結びつけていた。

公開試合の翌日、最終試合後に行われた交流会では、お互いに笑顔で握手を交わし、情報交換をしあったという知らせも入っている。日本は国内選手がリバウンドに跳んでくるフィジカルの強いプレーを韓国から、韓国はアウェイで自分たちの力を出すことを、お互いに学びあった強化試合だったのだ。
 
 

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