渡邊雄太、森 知史、寺園脩斗、成田正弘、馬場雄大 インタビュー
結束力とハードワークで成長。悔し涙を流した9連戦を忘れるな

文・写真/小永吉陽子

チャイニーズ・タイペイに1点差で勝利。2得点に終わった渡邊雄太は責任を感じ、悔し涙と仲間への感謝の気持ちで涙が止まらなかった

【ページ1】渡邊雄太インタビュー 一問一答(尽誠学園高3年)
【ページ2】森 知史 インタビュー(明成高3年)

【ページ3】寺園脩斗インタビュー(延岡学園高3年)

【ページ4】
成田正弘インタビュー(藤枝明誠高3年)

【ページ5】
馬場雄大インタビュー(富山第一高2年)

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渡邊雄太――モンゴルで流した悔し涙を決意に変えた日本のキャプテン

(WATANABE Yuta/日本#4/200㎝/SF/香川・尽誠学園高3年)

オールラウンドなプレイが魅力だが、フィジカル強化が課題

 伸び続けていた身長はこの夏に2メートルになった。渡邊雄太は柔らな伸びのあるオールラウンドなプレイを得意とするU18代表のキャプテンであり、エースだ。

 しかし、佐藤久夫ヘッドコーチが常に“強さ”を要求し続けたように、国際大会において渡邊のプレイはとても軽く、線の細さから打ちのめされることが多かった。加えて、今大会は2試合目に捻挫をするアクシデントもあり、なかなか納得するプレイができなかった。

 それでも、佐藤ヘッドコーチはエースを信頼し、成長を期して使い続けた。ベンチからはいつも檄が飛んでいた。「雄太、ここは1対1で勝負だ。チャレンジしてみろ!」

 勝たなければならない国際大会でありながらも、目先だけの勝利にとらわれず、真剣勝負を実戦から得る場にしていた。選手自身にチャレンジさせ、自分の力で壁を突破させ、同時に勝利も狙う。攻め気が得点につながると「今のプレイはいいぞ。リングに向かえばできるだろう」とOKサインを出し、そうして選手たちは自信をつけていく。そんな選手とコーチ、対戦相手とのバトルが続いたハードな9試合だった。それは渡邊雄太のみならず、全選手が同じだった。コーチングスタッフと選手は戦友として絆が深まっていった。だからこそグンと伸びた9試合だった。

 選手とコーチのバトルの結末は、3位決定戦で芽が出かけたところで終わった。イラン戦は序盤で20点離されたが、渡邊がポイントガードに上がって連続3ポイントを決めたことをきっかけに猛追。4点差で勝利には届かなかったが、やはり日本は渡邊が攻めてこそのチーム。自身も攻め気が大切であることを身に染みて感じていた。

 日本では2メートルで運動神経のある渡邊雄太のプレイは楽々通用してしまう。だが佐藤ヘッドコーチが指摘したように、ゴールに向かう強さこそが、高校生ながら2年連続で日本代表候補に名を連ねた渡邊雄太に求められること。U18代表のキャプテンは、世界を目指すコートに立つことで、ようやくその重みを実感することができたのだ。

 3位決定戦のイラン戦に敗れた直後、渡邊雄太の目からは涙があふれて止まらなかった。準々決勝のチャイニーズ・タイペイ戦でも、ファウルトラブルから積極的なプレイができず、勝利したにもかかわらず、悔し涙と仲間への感謝の気持ちから涙がとめどなくあふれた。試合後のインタビューも終始涙声だった。日本のキャプテンはいつも泣いていた。毎日毎日、自分自身の未熟さに気づかされることが多かったということだろう。

 それでもインタビューの最後に「早くA代表でプレイしたい」「世界に出たい」と絞り出した言葉は、大会を通して精神的に強くなったことを示していた。この言葉を実現させるには、タフだったアジア9連戦の経験を生かしてこそ。モンゴルで流したたくさんの悔し涙は、「もっともっと強く、うまくなりたい」とみずからに立てた誓いだった。

「自分は休むわけにはいかない」「もっと努力しなければならない」
強気で戦う姿勢を学んだアジアの9試合

PGとPFのポジションを兼任。2mの渡邊がPGになって攻める展開は相手を惑わせた

――3位決定戦に敗れてしまいましたが、戦いが終わって感じたことを聞かせてください。

正直、勝てた試合だと思うので、本当に悔しいです。絶対に、絶対に、世界選手権に行こうって、選手みんなとスタッフで頑張ってきたので、悔しい気持ちでいっぱいです……。

――イラン戦はずっと追いかける展開でした。出足があまりにも硬かったのですが、これは何か原因がありましたか。

ちょっと緊張もありました……。昨日、韓国対イランの準決勝を見て、イランが韓国と競っていて強かったので、気持ちの面で弱気になったところがあったかもしれません。そういう気持ちが出足の弱さを生んだと思います。

――出足のディフェンスがソフトだと感じたのですが、そこで相手に飲まれてしまったのですか。

ディフェンスに関しては僕もそう思いました。気持ちで気負ったから、ディフェンスも弱くなってしまったんだと思います。

――出足で0-10、1Qで14-31。それでも、前半のうちに追いつくことができた要因は。

そこが僕たちが強くなったところだと思います。先生たちも「まだ始まったばかりだから大丈夫だ」と言ってくれて、ディフェンスから立て直しました。僕がガードに上がるのはフォーメーションのひとつで、そのプレイで僕の3ポイントが決まったので、それで徐々にリズムが作れたと思います。

――後半はまた追いかける展開でしたが、どう打開しようと挑みましたか。

僕自身はフェイスガード気味でつかれて、リングに向くことを忘れてしまったような気がします。一人一人も攻め気がなかった時間もありました。でも、またみんなで気合いを入れて最後まで踏ん張れました。だけど追いつかなかった……。

チームが一丸となることで、一日一日、強くなっていくことを実感した

――過酷な9試合でしたが、全試合を振り返ってみて、自身のプレイの出来はどうでしたか。

納得できる試合が自分自身としてはひとつもなくて、特にチャイニーズ・タイペイ戦なんかはみんなに迷惑をかけて、自分はまだまだ努力が全然足りないということがわかった9試合でした。自分はケガ(足首の捻挫と指の脱臼)もしてしまって、それでも先生たちはケガしている自分を使ってくれて、トレーナーの方も部屋に泊まり込みで、つきっきりで僕のケアをしてくれました。その分も今日(3決)はスタッフたちに恩返しがしたかったので頑張ろうと思ったんですけれど……。まだまだもっとできたと思います。
 
 
――足首の捻挫は相当ひどかったと聞いたのですが、よく痛みに耐えてプレイしましたね。

捻挫をした日は地面に足をつけることも、歩くこともできなかったんですけど、兒玉さん(トレーナー)がずっとつきっきりで診てくれて、次の日は痛み止めと座薬を飲んでやりました。状態はだんだん良くなっています。でも昨日、また指を脱臼してしまい、昨日も夜遅くまで兒玉さんが診てくれて、それで何とかプレイすることができました。

総戦力で戦った準決勝・中国戦。アグレッシブなディフェンスと、シュートを打ち切ることで、高さへの恐怖心をなくすことを実戦から得た

――国際大会のハードさというのが、心身ともにわかった大会だと思います。この大会で学んだことは何ですか。

自分はキャプテンに選んでもらって、その責任はあると思ってプレイしました。(足を捻挫しても)ちょっと痛いくらいではやっぱり休むわけにはいかないし、そういう意味で精神的にこの大会で強くなれたと思います。気持ちの面とか、向かっていく姿勢とかが自分の中で強くなったというか、そういう部分が学べた大会でした。

――毎日毎日、タイプの違うアジアの国と戦ってみて、アジアのバスケをどう感じましたか。

技術も、フィジカルも、高さも、僕たちより全然あって、やりづらいときもあったんですけど、僕たちも日本人らしく一生懸命にやるとか、運動量を増やすことは毎日継続してやり続けたので、世界選手権には行けなかったけれど、4位という結果を残すことはできたと思います。

――フィジカルの差はすごく感じましたか。

はい。もう、それはすごく感じました。鍛えなきゃいけない僕のいちばんの課題です。

――日に日にチーム力が高まっていきましたが、大会を通してチームの成長をどのように感じていますか。

一試合一試合チームがひとつになって、どんどん強くなっているのを、自分がこの日本代表にいながらもすごく感じていたので、本当にすごくいいチームになったと思います。みんな、最後のほうにはいろいろなプレイができるようになって、楽しさもありました。

――1番(PG)と4番(PF)のポジションを兼ねたことについて、自分の手応えはどうでしたか。

自分のチームでも1番と4番をやることはあるので、そこに関して違和感はなくプレイができました。3決では自分が1番に上がるフォーメーションが成功したし、アリウープを決めた試合もあったし、そこは対応しながらできたと思います。

「逃げるな!リングに向かえ!」――日本では簡単にできることもアジアでは通用しないこともあった。常にコーチ陣からチャレンジを求められ、ひとつひとつ壁を突破していった

――U18では日本人のスピードを生かしながらも、対応力を求めるバスケを目指していました。佐藤ヘッドコーチから学んだことは。

佐藤先生はすごく厳しくて、要求されていることを理解するのがつらかったときもあったんですけど、毎日僕らのことを真剣に考えて指導してくれました。佐藤先生がヘッドコーチだったから、ここまで結果を残すことができたんだと思います。本当にここまで厳しくというか、追求してやらないとアジアで勝てないというか、世界に出ることができないのかと思いました。本当に感謝したいです。

――佐藤ヘッドコーチに要求されていたのはどういう点ですか。

「世界に出よう」ということを、いちばんに言われました。そのためには強い気持ちで、リングに向かってプレイしろといつも言われました。練習からリングに強く向かっていくプレイをやっていたのですが、実際にアジアでやってみて、強くいくプレイの本当の意味がわかったような気がします。この大会でわかった強さの基準が、これから自分がやっていかなきゃいけないプレイです。

――ここでバスケが終わるわけじゃない。この経験を持ち帰って生かすことが大切。これからの目標を聞かせてください。

U18日本代表はここで終わるんですけど、これからは尽誠に帰って、自分が足りなかったことを努力して、まずは尽誠にいる間に国体とウインターカップの優勝を目指します。そこからは早く自分がA代表で活躍できるようになりたいです。今は上でやりたい気持ちでいっぱいです。世界に出たいです。ここでできなかったことをA代表でやりたいです。
 
 
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