日本を変える大型司令塔への試練と可能性
比江島 慎――打ちのめされた若き司令塔

文・写真/三上 太

比江島 慎     HIEJIMA , Makoto 青山学院大4年
「打ちのめされた若き司令塔」

9月14日から22日まで、東京を舞台に行われた「第4回FIBAアジアカップ」。
けっして大きなタイトルのかかった大会ではなかったが、この大会を通じて一人の男が大きな転換点を迎えようとしている。
大学界のエースから日本代表の司令塔へ――比江島慎、22歳。
大学界きっての若き才能が本格的に世界に目を向け、動き出した。

 
 
大学界ナンバーワン比江島慎が迎えた転機
一段階上への挑戦が始まったとき、スイッチは押された――

 その日は最後まで「スイッチ」が入らなかった。

10チームが2回戦の総当たりをおこなう「第88回関東大学バスケットボールリーグ戦」。1巡目の最終戦は全勝で首位を走る青山学院大学と、1敗で追う東海大学との対戦である。リーグ戦3連覇を狙う青山学院大とすれば、早い段階で宿敵を叩いておきたい。一方の東海大はここで敗れると優勝戦線から一歩後退することになる。それだけに勝っておきたい。リーグの後半戦(2巡目)を占う意味でも重要な一戦であった。

 結果は54‐49で青山学院大の勝利。この勝利で青山学院大は他校に取りこぼしをせず、このまま勝ち星を重ねていけば、2巡目の最終戦、東海大との直接対決を待たずに優勝が決まる。他の8チームも簡単に勝てる相手ではないが、1つの大きな山を越えたことは間違いない。

 しかし、その緊迫した試合のなかで青山学院大のエース、比江島慎(ひえじま・まこと)はどこか精彩を欠いていた。いくつかの見せ場はあったが、雌雄を決する大事な場面になると瞬間的にゴールを奪う、俗に言う「比江島スイッチ」がその日は最後までオンにならなかったのである。

「やっぱりサボっちゃいますね、2番(シューティングガード)をやったら。ボールのもらい方を忘れていました」
 試合後、比江島は自嘲気味にそう言った。
「そう考えると1番(ポイントガード)のほうがいいのかもしれないですけど…」

 大事な局面になればなるほど集中力を増し、突然リミッターを外したかのようなプレイで一気に流れに引き込む力を比江島は持っている。それこそが彼を青山学院大の「エース」と言わしめる要因でもあるのだが、そのエースがチームの司令塔とも言うべきポイントガードのほうがいいかもしれないと言うのだ。

素質を見出されてポイントガードへのコンバートを図った比江島

それには理由がある――。

 6月から始まった日本代表の合宿に比江島は招集された。そこで彼はポイントガードへのコンバートを告げられるのである。当初は「嫌で嫌でしかたがなかった」らしい。

「正直2番に戻してほしいという気持ちもありました。だって1番は常にボールに関わっていなければいけないから。それにゲーム形式の練習であっても負けたときには、他のポジションに比べて責任を感じるし…。ポイントガードがミスをしたら試合が崩れるっていうイメージもあったので、それが嫌でしたね」

 これまでの比江島は自らを「気分屋」と認めるとおり、ボールをもらいたくないときはもらわない動きをしていた。それでも問題にはならなかった。いや、戦術的に細かく見れば問題なのだが、大学バスケット界ではそれで通用していた。結果も出していた。大学バスケット界のシューティングガードは、彼にとって最高のポジションだったのである。

 それがチームの攻撃を司るポイントガードになれば「ボールをもらいたくない」などと言ってはいられない。しかも日本代表のポイントガードである。国内の学生とは違う強烈なプレッシャーを受けても自らの責任でフロントコートにボールを運ばなければならない。さらにそのボールを奪われることなく、残りの4人を的確な指示で動かす役割もある。過去、ポイントガードと呼ばれた選手たちは、試合に負けると常に「自分の責任です」と沈痛な面持ちで敗因を語るのだが、そのポジションへのコンバートを告げられたわけだ。比江島は重たい気持ちで代表合宿を過ごしていた。

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