エースの系譜<3>
シューティングガード激戦区に挑む21歳の『覚悟』

文・松原貴実  写真/一柳英男

エースの系譜<3>田中大貴――シューティングガード激戦区に挑む21歳の『覚悟』

「自分たちの世代が日本のバスケットを変えていくんだという
強い気持ちを持たなければいけない」

21歳の大学3年生。ベンチメンバーながら、アグレッシブなディフェンスと、思い切りのいいアウトサイドシュートで貢献。カタール戦では、昨年まで指導を受けたトム・ウィスマンHCに成長した姿を見せた

 若手主体に新しく生まれ変わったハヤブサジャパンは夏のウィリアム・ジョーンズカップで3勝5敗の6位に終わった。その結果からアジアカップでの『若手のキャリア不足』を懸念する声も聞かれたが、いざ大会が始まると試合を盛り上げたのはコートで躍動する若い力だ。中でも大学生田中大貴の攻守に渡るアグレッシブなプレーは、連日チームに大きな勢いをもたらした。アジアで勝ち抜くことは厳しく、困難な道のりが待ち受けていることにも変わりないが、その現状の中で見せた新世代の台頭は見る者の胸に、小さくとも力強い希望の灯をともしたのではなかろうか。

 初戦のカタール戦に73-69で勝利し、ロッカールームに引き上げる途中、後ろからいきなりユニフォームをつかまれた。振り返ると、そこにいたのはカタールのトム・ウィスマンHC(ヘッドコーチ)。驚く田中に向かってニヤリと笑って見せた。

 このカタール戦で田中がコートに立ったのは2Q残り35秒。大会初ゴールは左コーナーから放ったブザービーター3Pシュートだった。

「初戦ということでちょっと緊張はしていましたが、コートに出たら思い切っていこうと、それしか考えていませんでした」

 3Qにはゴール下に一気に切れ込み、ディフェンスをかわして左手でレイアップ、さらにトップから鮮やかな3Pも沈め、この日はフィールドゴール3/3、100%で8得点。

 昨年まで日本代表チームの指揮官を務め、同時に育成メンバーとして田中を指導したこともあるウイスマンHCは、ニヤリの笑顔でこう伝えたかったのだろう。「おまえ、成長したじゃないか」――。
  
 
  
 長崎県諫早市に生まれた。1歳年上の友だちに誘われてバスケットを始めたのは小学2年生のとき。「おもしろくて、すぐに夢中になりました」

 県立長崎西高では2年生でインターハイとウインターカップ、3年生でウインターカップに出場するが、いずれも明成、洛南という強豪校に敗れ「公立校の意地を見せたい」という思いは叶わなかった。だがその一方で、高校3年間で10cm以上伸びた身長を生かしたしなやかなシュートに注目が集まる。

「高校に入ったとき、先生(埴生浩二監督)から将来は日本代表になる選手を目指せと言われました。だから、自分も高校のときから、いつかは必ずそこ(日本代表チーム)に行くんだという気持ちがあったような気がします」

 さらなるレベルアップを求めて進んだ東海大では1年生からスターティングメンバーとなり、昨年はユニバーシアード大会の代表選手にも選出された。

日本代表では控えとして出ていく難しさを経験。応援を盛り上げながらも、状況判断の目は常に忘れない

「大貴にとって、ユニバーシアードで世界を見たことは大きかったと思います。今のレベルのままでは世界に行けないことを肌で感じたんじゃないでしょうか。もともと高いポテンシャルとバスケットセンスを持った選手ですが、何より優れているのは現状を変えていこうとう強い意志。常にもっともっと高い場所を目指していることです」(東海大・陸川章監督)

 そんな田中にとっては初のA代表として臨んだ今回のアジアカップは、まさに“学びの場所„であったと言えるだろう。そのひとつはベンチスタートとしてコートに立つ経験。

「正直、途中から出ることには難しさも感じました。途中から代わって出る選手はそこで何かを起こさなければならない。(いいパフォーマンスをするためには)ゲームの流れ、状況をしっかり見ていることが大切だと思いました」

 次にメンタルでは負けないということ。

「自分はチームで1番下っ端ですが、気持ちだけは負けないでいこうと決めていました。前が空いたら積極的にシュートを打つ。行けると思ったらドライブする。ディフェンスもとにかく動いて、どこまでも張り付いてやろうと。年上の人たちと同じプレーではなく、若い分、それを生かしたプレーをしなければと思っていて、コートに出たらアグレッシブに、ペースを上げていくことを意識していました」

 中でも「負けたくない」と思っていたのはディフェンスだ。今大会のMVPに輝いたイランのサマッド・ニクッハ・バハラミとは予選ラウンド、決勝戦と二度にわたってマッチアップした。「バハラミはシュートだけでなく、すべての面で能力が高い選手。全力で守ってもその上をいくうまさを感じました」

イラン戦ではエースの#14バハラミを執拗にマーク。ディフェンス面での貢献からプレータイムも長くなっていった

 イランとは8月のウィリアム・ジョーンズカップでも対戦し、この時はバハラミに大量得点(32点)を許し59-71で完敗している。それだけに今大会では『バハラミをどう抑えるか』が重要なポイントとなり、同時に対戦の最大の見どころともなった。結果、日本は2戦ともに惜敗したが、エース・バハラミを16得点(予選ラウンド)、14得点(決勝戦)に抑えたことで僅差の白熱戦を演じてみせた。もちろん、これは先発でマッチアップした栗原貴宏や全員でフォローするチームディフェンスによるところも大きいが、それでもなお必死で食らいつく田中の執拗な守りは印象深かった。ジョーンズカップのイラン戦では5分半だったプレータイムを21分半、18分半と大幅に伸ばしたことも鈴木HCの信頼を勝ち得た証だろう。

「やはり、1戦ごとに何かしら成長していきたいという思いはあるし、(自分の)バハラミに対するディフェンスも1戦目より2戦目の方が良かったと思ってます」と、振り返る田中からアジアのエースを向こうに回した『気後れ』は微塵も感じられなかった。

 大会中、試合後の囲み取材では記者団の質問に終始淡々と答えていた田中だが、ただ一度だけいつになくはっきりした口調で放った一言がある。

「僕は自分を若いとは思っていません」

 それは「チームの若手としてコートに立った感想は?」、「若手としてどう戦っていきたいと思うか?」などの質問が続いた時だった。

「僕は自分を若いとは思っていません。世界を見れば自分より年下でも活躍している選手はたくさんいます。もう自分は若くないと思わなくちゃいけない。もう若くはないんだということは(同世代の)みんなともよく話しています」

ダイナミックなドライブや3Pシュートが持ち味。アジアカップでの経験を生かして、さらなる前進を続けていく

 確かに今大会参加した中国はU-22(22歳以下)の若いチーム、優勝したイランにも18歳の高校生がいる。

「中国と対戦した時、このチームはサイズもあるしガードもシュートがうまいなぁと思いました。同世代の自分はこれから(この選手たちと)ずっと戦っていくことになるんだろうなと思ったら、絶対負けられないという気持ちが沸いてきました」

 それもまたこのアジアカップで実感できたことの1つ。アジアは広く、世界はさらに広く、自分が『若手というくくり』に甘えている時間はない。

「優勝できなかったことは、ものすごく悔しかったです。自分たちの世代が頑張っていかないと、日本はこのままオリンピックにも出られないと思うし、本当に自分たちが(これからの日本のバスケットを)変えていくんだというぐらいの強い気持ちを持たなければいけないと思う」

 そんな思いも含め、アジアカップは「自分にとって意味が大きい、ものすごく楽しい大会でした」

 アジアのレベルを肌で感じ、自分のプレーがどこまで通用するのかも確認できた。その中でつかんだ自信も小さくはない。

「大学に戻ったらすぐにリーグ戦に出て、そこでは(エースとして)フルにチームを引っ張っていかなければならない。なんか代表チームにいるよりキツいです」と、笑いながら、それでもアジアの舞台に立った経験は必ず生きるはずだと信じている。

 キラ星のごとく実力派が揃ったシューティングガードというポジション。その激戦区を勝ち抜き、日本のエースの座を勝ち取るのは容易ではないだろう。だが、容易ではないからこそ挑む価値も大きい。

「自分はこれからもこのポジションで戦っていきます」

 そう言い切った田中に陸川監督の一言が甦った。

「あいつは常にもっともっと高い場所を目指しているんです」