JBL前半戦総括レポート<1>
変革期の中にいるJBLのポイントガード事情

文/渡辺淳二  写真/一柳英男、小永吉陽子

チームの司令塔としての役割を担うポイントガードのプレースタイルが現代のバスケットボールでは多彩に映る。
それはJBLでも顕著に見られるのだが、
残念なことに前半戦は、主役になり得る顔ぶれがそろわない状況が続いた。
現在のJBL、そして日本のポイントガードの実情とは。

どこか寂しかったリーグ前半戦のポイントガード事情

今季より、ポイントガードとしてもプレータイムがある川村卓也(リンク栃木)

 来シーズンからNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)という新たな名称でリスタートするJBL。つまり今シーズンはJBLとしてはラストシーズンなのだが、リーグ前半戦の盛り上がりとしては、全体的に寂しい感じがした。白熱した試合があったにもかかわらず、そう感じた理由の一つはポイントガードの顔ぶれがガラリと変わったことである。

 リーグの看板選手とも言える田臥勇太(リンク栃木ブレックス)が故障からなかなか復帰できず、チームも下位に低迷。田臥は12月14日の日立サンロッカーズ戦で今シーズン初めてコートに立ったものの、チームの苦しい状況は続く…。その田臥に代わり、開幕戦では昨シーズン、アシスト王に輝いた川村卓也がポイントガードとしてスタートを切ったが、むしろ川村のシュート力が発揮されにくいというジレンマに陥った印象を残してしまった。

 田臥と同期で、これまでリーグを盛り上げて来た五十嵐圭(三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ)も苦しんでいる。開幕4連敗の後、10月20日の日立サンロッカーズ戦で負傷し、翌日の試合から約1ヶ月間、試合に出られない日が続いたのだ。しかもその古巣である日立には、6シーズンに渡って、時をともにした佐藤稔浩もいない。先輩であるベテランガードの引退について、五十嵐がこうコメントする。

「日立にいた頃は、いろいろなことを学ばせてもらいました。まだまだできそうなだけに、トシ(佐藤稔浩)さんが引退したことに対しては、寂しさがありますね」

 2000年、青山学院大のポイントガードとしてインカレ初優勝に貢献した佐藤稔浩(日立)は昨シーズン、スティール王にその名を刻んだまま引退の道を選んだ。

 10月21日、五十嵐が松葉杖をつきながらロッカールームに引き上げた後、代々木第二体育館で行われた佐藤の引退セレモニー。彼の付けていた『20』が永久欠番になることもそこで発表された。ポイントガードとしての功績が高く評価された証だ。場内を一周し、多くのファンに挨拶をし終えた佐藤に、インタビューを求めた――。
 
 

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