決勝から、JBL2の戦い、青山学院大の奮闘まで大会総括
“思い”が集結したパナソニックが16年ぶりの歓喜

文/渡辺淳二  写真/一柳英男

“思い”がコートに集結したパナソニックが16年ぶりの歓喜

「勝ったチームと負けたチームとの差を、やっと知ることができました」
――パナソニック・永山 誠

 
 
東日本が天気予報を上回る大雪に見舞われた1月14日。
オールジャパン男子決勝が行われた東京・代々木第一体育館は、大会前の下馬評を覆す結末に震撼した。
JBLで首位争いのデッドヒートを展開し、2強とされていたアイシンシーホースとトヨタ自動車アルバルク、
両チームとの死闘を制したのは、パナソニック・トライアンズ。
前チーム名・松下電器スーパーカンガルーズ時代も含めて、16年ぶり10回目の優勝を遂げた。
残念なことに今シーズンをもって休部となるチームだ。

 
 

優勝候補の一角・トヨタの連覇を阻止したパナソニックの勢い

七川竜寛マネージャーの提案により、「松下電器スーパーカンガルーズ」時代のニックネーム入りユニフォームを着て戦ったパナソニック

 オールジャパンが開催される直前の12月8日と9日のリーグ(JBL)で、パナソニックはトヨタに無残な負け方をした。74-100、57-88。その2戦目に清水良規ヘッドコーチ(以下HC)がぶち切れた。選手のプレー内容にフラストレーションをため、レフェリーの判定にも納得できず、自らがテクニカルファウルを2度宣せられ退場処分という最悪のチーム状態。休部が決まっていながら奮闘する選手たちは、来シーズン以降どうなるのか…。先が見えないそんな不安にチーム全体が包まれ、悩まされていたのである。

「選手の行き先(来年度以降所属するチーム)がほぼ決まってきてから、チームの調子がよくなってきました。おそらく選手も吹っ切れたんだと思います」と、清水HCは振り返る。

 選手の受け入れ先として和歌山を本拠地とする新規チームが立ち上げられるとともに、数名の主力選手はポスティングシステム(入札制度)で移籍先が内定した。そうしてオールジャンパンに集中して臨める環境が、パナソニックにどうにか備わった。

連覇に向けて一丸となっていたトヨタだったが、パナソニック戦では終始追いかける展開で、主導権を握れなかった

 準々決勝の日立サンロッカーズ戦でパナソニックは、スタメンのうち4人が二桁得点を記録し、バランスの良いオフェンスを展開しての勝利。続く準決勝のトヨタ戦でも、出足からトヨタを圧倒した。目を覆いたくなったリーグでの試合内容とは大きく異なった。

 その中心としてアップテンポなゲームコントローを見せたのが木下博之。日本代表の渡邉裕規がレギュラーシーズンではメインガードだったが、今大会ではスポットで活躍。トヨタ戦では木下が立ち上がりから積極的に攻め、試合の主導権を握った。その司令塔の狙いはこうだ。

「今までは(リーグでは)、ラン・アンド・ガン(速攻)が少なかった。広瀬(健太)や大西(崇範)とかは走力があるので、より速い展開に変えてからよくなって来たように思います」

 第3ピリオド終了時に16点のリードを奪ったものの、第4ピリオドにスタメンに戻したトヨタの猛攻を食らい、残り3分を切ったところで一時は逆転を許した。それでもエース・金丸晃輔の得点と、ファウルゲームで得たフリースローを木下が「緊張した」もののきっちり沈めて、本命の一角・トヨタを倒したのだ。

「相手を追う展開になって、自分たち(トヨタ)のよさが発揮できなかったゲームだった」とトヨタ・正中岳城が語れば、ドナルド・ベックHCは「木下にオフェンスのリズムを作られた」と敗因を分析。

 確かに第3ピリオドまでパナソニックにゲームを支配されたのが、トヨタの直接的な敗因ではあったが、不測の事態も重なった。

準決勝・トヨタ戦ではいいゲームテンポを作ったパナソニックの司令塔の木下博之。準決勝、決勝と、最後まで攻め続けた

 残り2分でトヨタのジェフ・ギブズが同点シュートを決めた直後、相手のファウルをアピールしようと勢いよく起き上がろうとした際にパナソニック・広瀬健太にぶつかってしまった。その行為にテクニカルファウルの判定が下されたのだ。(※再度映像で確認したところ故意には見えないが、スローインを出そうとしていた瞬間だけにタイミングが悪かったとは言える)。トヨタに傾きかけていた流れをパナソニックが奪い返すきっかけとなったそのワンシーンを目の当たりにし、一発勝負であるオールジャパンの怖さを思い知らされた。

 2年ぶりの決勝進出を決めたパナソニック・清水HCが大きな喜びに声を震わせる。

「リーグ戦で4戦全敗なのでトヨタには一矢を報いたかった。それにオールジャパンを連覇するほうは気持ちいいが、こっちとしては連覇だけはさせたくない。だから連覇を阻止したことが一番うれしいです」と。1982年から2連覇、1986年から3連覇を飾った当時を思い出すように語ったその言葉の中にも、連覇を狙うチームの難しさをうかがい知ることができよう。
 

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