増岡加奈子&上原もなみ(山村学園高)
10/18――「かなちゃん」と「もな」が歩いた道

文・写真/青木美帆

山村学園のエース増岡加奈子(左)と司令塔上原もなみ(右)

10/18――「かなちゃん」と「もな」が歩いた道

増岡加奈子・上原もなみ(山村学園高3年)

今年度の高校女子界を沸かせたチームには10年来の幼なじみコンビがいた。
コート上の姿や言葉の端々からのぞいた「見えない糸」を描いたショートストーリー。

絶妙なコンビネーションが魅力の山村学園。チームの中心は幼なじみの2人

準決勝・桜花学園戦のハーフタイム時。増岡がダブルチームされたときのパスの合わせ方について、2人で入念に確認していた

 インターハイでベスト4、今大会でも4位に入賞した山村学園(埼玉)は、桜花学園(愛知)、聖カタリナ女子(香川)、昭和学院(千葉)といった常連強豪校の間を大きく分け入った、今年の台風の目と言えるチームだった。

「増岡と上原がゲームを作って、あとの(コートにいる)3人が合わせるという感覚です」(山村学園、下村宏吉コーチ)

 絶妙なタイミングでパスをつないで得点が生まれる、今冬の女王・桜花学園をも苦しめたオフェンススタイルの軸となったのが、下村コーチが挙げた「増岡」と「上原」。エースの#4増岡加奈子(3年)とポイントガードの#5上原もなみ(3年)だ。この2人、実は小中高と同じチームでプレーしてきた幼なじみである。

 お互いの家が近いこともあって、小さいころからよく遊んでいた。ともに小学2年生からバスケット始め、入間市立金子中(埼玉)では全中(全国中学校バスケットボール大会)でベスト8に食い込む成績を残している。

 役割は昔から増岡が点取り屋で上原が司令塔。山村学園に進学した動機は「県内で強くて家から通えるから」(増岡)「県内で勝ちたかったのと、一緒にプレイしたい先輩がいたから」(上原)とそれぞれ異なるものだったが、変わらずコンビを組み続けた。

 お互いのプレーと成長についてどのように認識しているのか聞いてみた。

「普段はぼーっとしてるけど、試合になったらいっぱい点を取ってくれてすごい頼りになります。高校に入ってまわりに合わせられるようになったんで、一人で突っ込んで行ってもパスが出せるようになりました」(上原から見た増岡)

「普段はへにゃへにゃしてるんですけど…試合になったらいつも自分が怒られています。中学の時とかは(試合中に)すごい転んでたんですけど、高校に入って体が変わったのか、転ばなくなったよね? あれ、回数が減っただけかな?」(増岡から見た上原)

 バスケットボールを始めてともに10年。その歴史をいつも2人で刻んできた。プレイについて意見を交わすことは何度もあったが、ケンカをしたことは一度もないという。山村学園にはコートネームでお互いを呼び合う慣習があり、増岡には「シン」、上原には「シュン」というコートネームがあるが、「なかなか呼べなくて終わっちゃいました」(増岡)。幼いころから呼び合った「かなちゃん」「もな」が、いつでも2人の共通語だった。

 しかし、そのバスケット人生は11年目にして初めて分かれる。卒業後は増岡がシャンソン化粧品、上原は白鴎大学へ進むことが決まっている。「さみしい気持ちはありますか?」と尋ねてみると、増岡はこんな言葉を上原に投げかけた。

「分かんないよね、どうなるんだろうね」

増岡はWJBL、上原は大学。場所は変わるが、ともに走り続ける

 近くにいることが当たり前すぎる今の2人にとって、当たり前の感覚なのかもしれない。それだけの時間をともに過ごしてきたのだ。増岡が続ける。「変な感じはするかもね、『あれ?』って。『あれ? もながいないなー』みたいな」。上原が隣でふふっと小さく笑う。

 その違和感に気付くのは、そう遠くない未来の話。一緒にいないことが次第に当たり前になっていく日々を重ねることで、2人の少女は少しずつ大人になっていくのだろう。

 12月28日、女子最終日。3位決定戦の昭和学院戦のタイムアップをもって、10年に及ぶ2人のバスケットに幕が降りた。大勢の報道陣から解放された増岡のもとに、上原が歩み寄る。高校3年生、18歳。人生の半分を超える年月、数えきれないほどのパスをつなぎ掌を重ねてきた、これから別の道を進む、かけがえのないともだち。

 堅く抱き合い涙したそのとき、発された言葉はたった一言だったという。「今までありがとう」――。